Whose turn is it? ≪2≫


賽は投げられた。

ルフィの手から放り出されたサイコロは、カラカラと乾いた音を立てて転がり、1と5の目を出して止まった。

「6だ!」

ルフィが駒を進めようと手を伸ばす。
が、それよりも早く。
駒が、勝手に盤上を6マス、移動した。

「なんだ?動いたぞ?」

一同、不審に思いながら盤を覗き込む。
王冠の駒が6マス目で止まると、盤の中央にあるガラス玉が、僅かに光った。
そして。
鈍く光るガラス玉に、文字が浮かび上がる。

"天からの一撃。誰も逃げることは出来ない。感電せぬようご用心"

「は?」

勝手に移動する駒、文字が浮かび上がるガラス。そして、理解不能の文章。
4人は顔を見合わせ、疑問を口にしようとする。
が、その瞬間。
耳を劈くような爆音とともに、甲板からナミの悲鳴が上がった。

「ナミ!」

ルフィが逸早く席を立ち、キッチンから外へ飛び出した。
そこにあったのは、焦げ落ちたマストと、ロビンに庇われながら蹲ったナミの姿。

「今の、なに!?雷を起こす雲なんて、どこにもなかったのに!」

「怪我はない?航海士さん」

文字通り、天からの一撃を受けたマストは音を立てて燻り、見る影もなく残骸として甲板に横たわっていた。

「どうしたんだナミ!ロビン!」

「分からないわ、突然何の前触れもなく雷が落ちてきたのよ」

ナミの肩を宥めるように撫でながら、ロビンはルフィに返答した。
甲板に穴が開かなかったことが不幸中の幸いだったが、マストが折れてしまっては、この先の航海に支障をきたす。
キッチンにいた面子も、ルフィの背中から顔を出し、一様に呆然とその光景を眺めていた。

「天からの一撃って、まさか…」

ウソップはテーブルの上に置かれたすごろく盤を見遣り、生唾を飲み込んだ。

「まさか。考えすぎだ」

ゾロはそう言ってウソップの肩を叩き、様子を探る為にルフィと共に下へ降りていった。
サンジとチョッパーがナミを心配して駆けずり回る中、ウソップはとてつもなく嫌な予感がして、足を踏み出すことが出来なかった。
大事なメリー号のマストが折れたのなら、真っ先に修理に乗り出さねばならないのに。
ウソップはまるで恐怖に取り憑かれたように、その場を動くことが出来ない。
ふと振り返ると、あのすごろく盤が、放置されていることに意義を唱えるように、未だ鈍い光を放っていた。
禍々しい光だ、と思う。
いわくつきの、触れてはならないものに手を出してしまったような感覚に、ウソップの体は凍りついた。
あんなもの、早く片付けて、海に還してしまおう。
思い立って、震える足を叱咤しながらテーブルに向かう。
駒を片付けようと恐る恐る触れ、愕然とした。
駒が、盤から離れない。
6マス目にいる王冠も、スタート地点にいる兎も、猫も、ガゼルも、龍も。
どんなに力を入れて引き剥がそうとしても、駒はピクリとも動かなかった。

「なんなんだよ、コレ…」

いっそのこと、このまま捨ててしまえばいい。
ウソップは決心して、盤に手を掛けた。
が、震える手は目測を誤り、盤上に転がった2つのサイコロを。
床に、落としてしまった。
調理台にぶつかって止まったサイコロの目は、4と3。
あっと思う暇もなく、ウソップが持ち上げた盤の上で、兎の駒が、動いてしまった。
きっちり、7マス。

「あ…あああ…」

再び文字が浮かび上がる。

"臆病者には勇気が必要。気味は悪いが立ち向かえばすぐ消える"

ガラス玉は光を強め、その光は渦巻くように立ち昇り。
そして、光は無数の巨大な蜘蛛となって、ウソップを襲った。

「う、わぁぁぁぁ!!」

「どうしたウソップ…うわぁぁ!!クモ!!!」

必死に抜けた腰で這うようにキッチンを出たウソップの後に続く、巨大な蜘蛛の群れ。
声を掛けたサンジは言葉を失い、意味を成さない絶叫を上げた。

「うううウソップ!なんとかしろ!なんなんだコレ!!」

「知らねェよォ!!あのすごろくから出てきやがったんだよォ!!」

ふたりの絶叫は甲板まで届き、そしてナミとチョッパーにまで伝染する。

「ぎゃあああ!クモ!クモよ!ぎゃぁぁぁ!!」

狭い船の上でパニック者が4人も出ると、小さな船体が揺れるように騒然とする。
クモの群れに逃げ惑うナミとサンジは、抱き合うように身を寄せて、ガタガタとその身を震わせた。

「なんだァ?ただのクモじゃねェか」

現れた正義の味方はゾロで、蜘蛛の足をヒョイと摘むと、そのまま海へ投げ捨てた。
同じようにルフィも、これ食えないかな、と名残惜しそうに蜘蛛を採る。
その姿に勇気を得たのかウソップは、そうだたかが蜘蛛だと自分を励まし、次々とパチンコを弾いて蜘蛛を追い払った。
粗方片付けた頃には全員が心身ともに疲弊し、身を少し休めようと、誰ともなしにキッチンへ集まった。
盤は、まだそこに鎮座し、次なる賽の目を待っていた。

「このすごろく、やっぱおかしいぜ…」

もう見たくもないというように、ウソップは盤から目を逸らしながら漏らす。
そして自分が見た蜘蛛出現の一部始終を泡吹くように話し、全員の失笑を買った。

「書かれたことが現実になる?そんなことあるわけないじゃない」

「だがよ、雷だって落ちたし、クモだって出たんだ!マジなんだって!!」

ウソップがテーブルを叩くと、盤が揺れ、注意書きの書かれた箇所が、一部ずれた。

「なにこれ。二重になってるの?」

ナミが注意書き部分に触れると、まるで積み木のように取り外すことが出来、新たな注意書きが姿を現した。

「"警告。ゲームを始めたら必ず最後までやること。誰かが上がり、ジュマンジと勝ち名乗りを上げない限り、奇想天外なアドベンチャーは永遠に続く"…?」

一概には信じられないと、ナミは一笑に付そうとしたが、横からロビンが呟くのを聞いて、笑いを引っ込めた。

「なに、ロビン。何か言った?」

「ええ、もしこれが本当なら、誰かが上がればマストも元に戻るのかしら、って」

その言葉に、一同膝を叩いた。
マストが折れてしまっては、直すのに手間も暇もかかる。
もしロビンの言う通りなら、一番それが手っ取り早い。が。

「そんなこと、信じられないわ」

ナミが眉を顰めて盤を爪で弾いた。

「たかがすごろくでしょう?そんな力があるとは思えないけど」

「忘れてはいけないわ、航海士さん。ここはグランドライン。いつ何が起きたって、不思議じゃないのよ」

「前触れもなく雷がきたり?海の上で大きなクモが現れたり?」

「書かれたことが現実になるすごろく盤があったり、ね」

意味深なロビンの言葉に、沈黙が流れる。
蜘蛛はまだしも、マストが折れるなどという実害を、本当にこのすごろくがもたらしたのなら。
それは、もっととんでもないことが身に降りかかる危険があるということではなかろうか。
ウソップは断固首を振り、ゲームの中止を提案した。

「ダメだダメだ!マストは俺が直すから、こんなモンさっさと捨てちまおう!」

盤を奪うように手に取ったウソップを、ルフィが制止する。

「待てよウソップ、それ、俺が釣り上げたんだぞ!」

「んなこと言ってる場合か!?こりゃヤバい代物に違いねェよ!何が起こるか分かんねェぞ!」

「いいじゃねェか!面白ェ!」

盤の上からサイコロを奪い取ると、ルフィはそれをチョッパーに渡した。

「もう一度やってみりゃ、コイツがどんなモンなのか分かるだろ!な!」

口では理論の通ったことを言っているが、目は明らかにキラキラして、こうなったルフィを止めることが出来ないことをよく知るクルー達は、溜息を吐きながら頷いた。

「俺が振るのか!?緊張するなァ」

チョッパーが恐々と蹄にサイコロを持つ。
ウソップは半泣きでそれを見詰め、残りの船員たちも固唾を呑んで見守った。

えい、と振られたサイコロは、2と1。
しかし、ガゼルの駒は動かず、ガラス玉も光りはしなかった。

「あれ?」

拍子抜けした声を上げて、チョッパーは再度サイコロを振ったが、結果は同じ。

「もしかして」

ウソップがナミを見ながら、転がった猫の駒に触れた。

「順番が違うんじゃねェか…?駒を置いた順に進めるのかも…」

「はぁ!?じゃ、なに、私も参加者ってこと!?」

確かに、猫の駒を盤上に上げたのはナミだ。しかし参加の意思はなく、ただ本当に転がしただけだったのに。

「航海士さん」

「わ、分かったわよ!やればいいんでしょ、やれば!」

ロビンに微笑まれて、ナミは逆らえないと腹を括る。
サンジの心配げな視線を横顔に感じながら、サイコロを鷲掴み、振った。
出た目は、3と1。
猫はゆっくりと盤上を進み、やはりナミが参加者であり、賽を振る順番だったと示した。
ガラス玉が光る。
テーブルを囲んだ7人が、窮屈に頭を寄せ合って覗き込んだ。

"美しいものには棘がある。絡んで掴んで、捕まれば二度と逃げられない"

「なに…?」

ナミの声と同時に、ガラス玉から芽が生えた。
小さな双葉は、見る間に成長し、鞭の様にしなう荊となって、キッチン中を覆った。

「きゃあああ!!」

壁には蔦が絡まり、そこから無数の触手が伸びる。
意思を持ったように、ナミを目掛けて。
足首にゾワリとした感触を認めて、ナミは言葉を失った。
絡まった触手の先から、紫色の得体の知れない液体を滲ませた棘が出て、肌を狙っていた。

「ヒッ…!」

成長の止まない蔦は、キッチンの扉を自ら押し開け、今や甲板全体を覆うほどに伸びてしまっていた。
その量たるや想像を絶するもので、蔦とそこから派生した蠢く触手の重みに、船は完全に傾いてしまっている。

「ナミ!!」

「ナミさん!!」

ルフィが触手の根元を押さえ込み、その隙にサンジが棘を踏み潰し、ナミを救い上げる。
ゾロが抜刀してナミを狙った触手を裁つと、蔦はようやくその成長を止め、暴れ回っていた触手もグッタリと床に崩れた。
触手の先からは、未練がましく棘がピクピクと蠢き、紫色の液体を吐き散らして床に零れ落ちては、塩酸のように触れるもの全てを融かした。

「ナミ、無事か!?」

足首に絡まった触手をルフィが払いのけると、ナミは震えながらテーブルの上のすごろく盤を見、言った。

「これ、本物だわ…」



上がりまで、ルフィ18マス、ウソップ17マス、ナミ20マス。チョッパーとゾロ、24マス。



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