Whose turn is it? ≪3≫


メインマストは折れ、船中が蔦に覆われ、その船体は重みで傾き。
どこからどう見ても、ゴーイングメリー号は今や、立派な廃船だった。否、もしその姿を見た者がいれば、幽霊船に出会ったと吹いて回るかもしれない。
とにかくこの、船の傾きだけでも何とかせねば、いつ沈没してもおかしくない状況だった。
ここは島影さえ見えぬ大洋の真ん中で、救助が見込めないどころか、船にはカナヅチが3人もいるのである。沈めばあっという間に海賊廃業となること請け合いだ。
全員総出で蔦や触手を取り除く作業に取り掛かったが、その強度はゾロの刀を以ってしても、一度に1本を斬るのがやっとという有様。
ウソップも鋸を持ち出したが、チマチマと全てを除去する間に、船は確実に沈んでしまうだろう。

「埒が明かねェ!ヤベェぞこりゃ!」

「ゲームを終わらせた方が早いんじゃないかしら」

そう。
彼らはすでに、身をもって知っていた。
あのすごろく盤は、映し出された文字が現実に起こる、恐ろしい代物だった。
誰かが上がれば、この「ゲーム」は終わるらしい。
サイコロを振って駒を進めるだけなのだから、このまま沈没するのを待つより、ずっと話は簡単のはずなのだが。

「これ以上ヤバいことが起きたらどうすんだよォ…」

俄かにジャングルと化した船内で、ウソップはガックリと肩を落とした。
やっぱり、あの時無理にでも捨ててしまえば良かった。
こうなった今、もうゲームを止める訳にはいかなくなってしまったのだ。
クルー達は再びキッチンへと集まり、鬱蒼と茂る蔦や力尽きた触手を無理矢理端に寄せて、何とか自分達の居場所を確保した。
すごろく盤を囲んで輪になり、誰ともなしに見合わせた顔はどれも、沈痛な面持ちだった。
サンジが煙草に火を点ける音がやけに大きく響き、沈黙を更に重くする。
最初に口を開いたのは、意外にもチョッパーだった。

「俺の番だ…」

力強く頷いて、チョッパーはサイコロを取った。

「誰かが上がればいいんだ。マス目は24個だろ?6のゾロ目2回で上がれるんだ」

自らに言い聞かせるように呟くと、チョッパーはポトリ、とサイコロを落とした。
出た目は、6と…6。

「ゾロ目だ!」

ルフィがチョッパーの肩を叩き、よくやったと喜んだ。
しかし。
突如ガラス玉が激しく光り、恐ろしい言葉がその中にボンヤリと浮かび上がる。

"ジュマンジの掟は破られた。愚か者には制裁を"

「掟?何のことだ…って、うわ!チョッパー!!」

「うわぁぁ!!」

見ればチョッパーは、みるみるとその姿を変え、愛らしいヒトトナカイから、醜い豚に変化してしまった。

「チョッパー…?」

全員が注目する中、豚は目に一杯涙を溜めて。
床に突っ伏して、大声で泣き始めてしまう。
滑稽な姿だったが、誰も笑う者はいなかった。

「俺…俺、6が出ればいいと思って…!こんなつもりじゃなくって…!」

言葉の合間にブヒ、と鼻を鳴らしながら、チョッパーが捲し立てたので、なるほど、わざと6のゾロ目が出るようにサイコロを落としたのか、と全員が得心した。
サイコロを細工することも赦されないのだ。
となると、やはり運に頼って、地道に駒を進める他ないようだった。
先ほどの一件で、チョッパーの駒は進みはしなかったものの、順番はカウントされたらしく、次は誰の番、と一同顔を見合わせる。

「俺だ」

龍の駒を指差し、ゾロがサイコロを手中に収めた。

「テメェクソ剣士、レディ達を危険に晒したらブッ殺すぞ!」

口汚い野次の飛ぶ中、ゾロは努めて冷静に、サイコロを転がした。
船も危ないし、泣くチョッパーも元に戻さねば。
似合わぬ神頼みを心の中でコッソリ実行して、サイコロの行方を追った。
出たのは、5と5。
今度こそ、正真正銘のゾロ目だった。
龍が盤上を10マス進み、不吉な文字が再び浮かび上がる。

"最愛の者を生贄に。ジュマンジの雄叫び上がるまで、ふたりは二度と出会えない"

眉を顰めたのは、ゾロを除く全員だった。
最愛の者、とは果たして、ゾロの最愛の者という意味だろうか。
それなら一体、それは誰だ。
ゾロは鬼のような形相で、ガラス玉の文字に見入ったまま動かない。
ねェ、とナミが声を掛けようとした、が。

「逃げろ、コック!」

必死の形相でゾロが怒鳴り、ナミは言いかけた言葉を息と共に飲み込んだ。

「は…?何言ってんだ、テメェ…」

「いいから逃げろ!どこでもいいから今すぐ!」

全く理解不能ではあったが、ゾロの只事ならない声色にサンジは弾かれるように立ち上がり、良くない予感がして、そのままキッチンを飛び出そうとした。
その刹那。
ガラス玉は、サンジ目掛けて一直線に光を放った。

「やめろ!」

ゾロはガラス玉を手で覆い、何とか光を押し留めようと試みるが、光はお構い無しに溢れ続けて、サンジの体を包んでしまう。

「サンジくん!」

ナミの悲鳴を引き金に、光が渦巻き、サンジの姿がまるで霧のように霞んで。

「う…わ…」

そのまま霧が晴れるかのように、サンジそのものが雲散霧消してしまった。
サンジが融けた光は静かにガラス玉に吸い取られ、何事もなかったように沈黙した。

「サンジ…?」

ウソップが呼び掛けても、返答する者はいない。

「畜生!」

「オイゾロ!やめろ!」

サンジが消えたガラス玉を、ゾロが拳で砕こうとした。
ルフィとウソップがそれを必死で止めにかかる。

まさに、悪夢。



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