Whose turn is it? ≪5≫ |
もう、どうしようもない。 いくらゾロといえど、カナヅチふたりと石像、そして仮死状態の人間を背負っては、影も見えない島まで泳いで辿り着くことは不可能だ。 今まで、死を恐れたことなどないが、死を間近に感じたのもまた、初めてだった。 「ゾロ…」 動かぬウソップにしがみ付いたまま、チョッパーが泣きながら訴えてくる。 どうしたら。 自分達はどうしたらいいのか、そしてどうなってしまうのか、と。 そんなことは、誰にも分かりはしない。 しかし、このまま船が沈むのを待っていては、死が待ち受けていることだけは確かだ。 「振れ、チョッパー」 それしか、道はないのだから。 臆病で泣き虫で、人一倍優しいトナカイは。 豚の姿のまま、鼻水を啜り、勇敢に頷いた。 「ルフィも、ウソップも、ナミも…サンジも、戻ってくるよね?」 答えが欲しい問いかけではなく、自分に言い聞かせる為に。 チョッパーは呟き、大きく傾いた床を這ってサイコロを集め。 「ロビン、怖がらないで」 いつの間にか、女性を気遣うことだって身に付けた優しいトナカイは、無理に微笑んで、サイコロを振った。 「怖くなんてないわ」 ロビンは困ったように笑って、応えた。 泣きたくなるのは、恐怖のせいではなく。 優しい心が、伝わったから。 サイコロの目は、6と4。 "鶏は鶏肉、牛は牛肉。さて、豚は何の肉?" もう、見ていられなかった。 ロビンもゾロも、その強靭な精神まで哀しみに侵され、目を開けていることが出来なかった。 場に似つかわしくない香ばしい匂いが漂い、コックが食事を用意する、いつもの光景が目に浮かんだ。 吐き気がした。 チョッパーはこんがりと焼けた丸焼きに姿を変え。 食ってくれと言わんばかりに、豪奢な皿に載せられて。 ロビンは、残された麦藁帽子と、ナミとウソップ、そしてチョッパーを、その不思議な手で自らの傍らに運び、守るように抱き締めた。 「剣士さん」 ロビンは、微笑んだ。 哀しみが凝縮された笑みだった。 彼女がどれだけ心を痛めているか、苦しいほどその想いが浸透して。 ああ、自分たちはこんなにも仲間だった、と。 ゾロはロビンを見詰め返した。 ロビンだけを抱えて逃げれば。 あるいは、助かるかもしれなかった。 ゾロは泳力にも体力にも自信があったし、沈むと分かっている船にしがみ付くことは愚かなことで、そしてゲームを続けるには希望が足りなさ過ぎた。 こんなところで死ぬわけにはいかない。 ゾロには、命よりも大切な夢があり、そしてその夢を叶えるには、どんなことがあっても生き残らねばならないのだ。 ロビンひとりくらいなら、抱えて泳いで、島まで生きて辿り着ける自信があった。 それでも。 思い出す。 ルフィの言葉を。 ナミの涙を。 ウソップの叫びを。 チョッパーの優しさを。 そして。 ゾロはガラス玉を撫で、その中に姿を消した、たったひとりの笑顔を想う。 「馴れ合いすぎたな」 このまま見捨てて逃げるくらいなら、腹を割いて死んだ方がマシだと思えるくらいに。 そして、目の前で微笑む女もまた、ゾロと同じ気持ちであるに違いなかった。 ゾロは盤を睨み、決して負けないと、誓った。 これはゲームだ。 悪夢ではなく、現実で。 けれど、遊びに過ぎないゲームだ。 勝てば終わる。そして、負けても…終わる。全てが。 ゾロが賽を右手に握る。 そして、盤に残された僅かな希望を目に留め、それを左手に握った。 「俺は、負けねェ」 「私もよ」 ふたりだけのキッチンは、壁の隙間から流れ込む海水に浸食されて。 その水音を聞きながら、ゾロは最後の賽を振った。 残りは、7マス。 出たのは、4と。 2。 しかし、負けではなかった。 ゾロは左手に握り締めた小さな希望をロビンに投げ渡す。 「お前は、仲間だ」 受け取ったロビンは、その言葉に目を見開き、そして、嬉しそうに微笑み頷いた。 "最愛の者は戻らない。ならば自ら会いに行け" ゾロの体は、光に包まれ。 渦巻かれる間もなく、自分から飛び込むように、ゾロはガラス玉へ吸い込まれた。 愛しい者の元へ。 その光景を見届けて、ロビンは人差し指で、5つの駒に触れた。 王冠、兎、猫、ガゼル、龍。 コックさんがいないのが残念ねと、笑み。 「ひとりが寂しいと感じるようになったのは、あなたたちのせいだわ」 海水に浸った体には、もう力が入らない。 けれど、最後のひとりになったって。 諦めてしまうようでは、この船に乗る資格はないのだ。 ロビンは盤を撫で、呟く。 「途中参加、認めてくれるわね」 6個用意されていた駒。 ただひとつ、使用されていなかった薔薇の形をした駒。 ゾロから受け取ったその小さな希望を、ロビンはスタート地点へ置いた。 「勝負よ」 →next |