Whose turn is it? ≪1≫

※こちらは、映画「ジュマンジ」を元ネタにした作品となっております。
映画を未見の方にもご理解頂けるよう進めるつもりですが、一部ネタバレとなりますのでご注意ください。




地の底海の果てから聴こえるような、重苦しい太鼓の音。
それは人を引き寄せる誘惑であり、そして、ゲーム開始の合図でもあった。



「それ」を釣り上げたのはルフィだった。
波は穏やかで、凪いだ海の上を漂うゴーイングメリー号。
暇を持て余した男衆が釣りに精を出すのはいつものことで、ルフィがおかしな物を釣り上げるのもまた、いつもの光景だった。
ある時は行き先の知れないエターナルポースであったり。
またある時は、どうしても開かない宝箱であったり。
愚にも付かぬ代物がほとんどだったが、極稀に、ナミが泣いて喜ぶお宝を釣り上げることもあった。

「なんだ、コレ?」

釣り糸の先を視線で辿り、ルフィはその眉を大きく顰めた。
まるで、自ら釣り糸を招き寄せたように絡んだ「それ」がルフィによって引き上げられる。

「おうルフィ、またしょうもねェモン釣り上げたのか?」

隣で同じく釣り糸を垂らしていたウソップは、危うく居眠りしそうになっていた目を開き、ルフィの手元を覗き込む。

「何だァ?トランクか?」

「さーなー、なんだろうな」

「それ」は、ちょうど一昔前の旅行用トランクのような形をしていた。
角張った木製の本体はなめしの皮で装飾され、だいぶ古びてはいたが、年季の入った立派な品に見えた。

「開くのかな」

手にしていた釣竿を放り、ルフィは甲板に座り込んで「それ」を逆さにしてみたり、振ってみたりした。

「おいおい、変なモン入ってたらどうすんだよォ」

そんなウソップの忠告も聞かず、ルフィは側面が観音開きになっているらしい「それ」の、嵌め込み式の掛け金に手を掛ける。
すると。
どこからともなく、太鼓の音が辺りに流れた。
それは、僅かな音量ではあったが、腹に直接響くような重低音。
一定のリズムを刻み、一節ごとに音量が増すように感じられた。

「なんだ、この音…」

背筋が寒くなるような、不吉な音だった。
古来から人が畏怖の象徴としてきた、神の音色。
ルフィは目を眇めながら、「それ」を開いた。
同時に、音が鳴り止む。
ウソップは本能で恐怖を感じたか、いつの間にかルフィから遠く離れ、マストの裏側から顔だけを覗かせて、様子を窺っていた。

「これ…!」

ルフィの歓声に、ウソップは伸ばせるだけ首を伸ばしたが、如何せんゴム製ではないため、歓声の源を探ることが出来ない。
恐怖を好奇心で隠し、ウソップは恐る恐るルフィの元へ戻った。

「すごろくじゃねェか!?」

満面の笑みでルフィがウソップに問う。
「それ」は、開いた面が盤となった、すごろくのようだった。
2つのサイコロと6つの駒が共に収納されており、盤の中央には半球のガラス玉が取り付けられている。
駒が進むべき24のマス目の最終地点、つまり「上がり」の位置に、そのガラス球があった。
一見して、高価なものではないかとウソップは思う。
所々ひび割れ、かなりの年季を感じさせるものの、盤の作りといい、駒ひとつひとつの装飾の細かさといい、名のある職人の仕事ではないかという逸品だ。

「すごろくって、昔は貴族の遊びだったとか言うよな。結構なお宝かも知れねェぞ!」

「お宝!」

ふたりは無邪気に笑い、よく出来た駒をひとつずつ、その手に取った。
ルフィは、王冠を象った真鍮の駒を。
ウソップは、可愛らしい顔をした兎の駒を。
そして何の気なしに、その駒をスタート地点へと置いた。

「えー、何々?"ジュマンジ。この世界の外へ出たい人のためのアドベンチャーゲーム"だと。海賊様に向かって大袈裟だなァ」

ウソップが、盤の側面に書かれた注意書きらしきものに目を通したが、ルフィはそんなことに全く興味がないようで、嬉しげに大声を上げていた。

「ナミー!来てみろよ!お宝だぞ!」

パラソルの下で海図と睨めっこするのに丁度飽きていたのか、ナミはすぐに反応し、ルフィの元へ足を向けた。

「なァに、この汚いの。これがお宝?」

「よく見てみろって!この拘りの逸品を!」

「俺が釣ったんだぞ!スゲェだろ!」

ししし、と笑って、ルフィは駒の束から、生意気な目をした猫を摘み上げる。

「お前ソックリだ」

ルフィから手渡された駒を、鑑定するように眺め、ナミは溜息を吐いた。

「何よ、コレ。黄金でも銀でもないし」

こんなものお宝の数にも入らないわ、とナミは猫の駒を盤上に放った。
駒はそのまま吸い寄せられるように、スタート地点へ転がった。

「頼むからもっと実のある物拾いなさいよね」

「お前失敬だな!」

さっさと背を向けたナミに頬を膨らませ、ルフィは憤慨する。

「まァまァ、キャプテン。取り敢えず遊んでみようぜ」

ウソップはルフィの肩を叩き、よっこらせと立ち上がった。

「どこ行くんだ?」

「キッチン。テーブルの方が遊びやすいだろ?チョッパーも誘おうぜ」

「おう、いいな!」

ルフィはすごろくのケースを閉じ、脇に抱えて、ウソップと共にキッチンへ続く階段を昇った。



「すごろく?俺そんなの知らないぞ」

「大丈夫だチョッパー、サイコロ振って駒をこう、マス目にだな」

「それにしてもこれ、結構な物じゃねェか?随分丁寧な仕上げしてんな」

キッチンにはサンジとチョッパーがおり、盤を開いたテーブルを囲んで、四人で頭を突き合わせた。
サンジは盤を覗き込み、仕切りに感心している。

「お前もやるか?サンジ」

「いや、俺はそんな子供染みたことはしねェの」

「ぶー」

サンジがそう言って本日のおやつ制作に戻ると、残った三人は早速ゲームを始めることにした。

「俺、このガゼルの駒にするぞ!角が立派で格好いいもんな!」

「よし、じゃあ始めるか!」

「なァルフィ、すごろくって、マス目に何らかの指令があるのが普通じゃないか?」

「あー、そうかもなぁ」

「これ、マス目になんにも書いてないけどよ…ただサイコロ振って上がりを目指すだけじゃ面白くねェんじゃねぇ?」

「んんん!じゃ、一番負けたヤツが罰ゲームってことで!」

ルフィは早くゲームを始めたいらしく、答えにならぬ答えをして、サイコロを握った。
ウソップも、試しに一回やってみるかと頷き、チョッパーは目を輝かせて盤に見入っている。
そこへ今まで鍛錬をしていたゾロが、水をくれと入ってきて。
サンジからレモン水を受け取りながら、テーブルへ目をやった。

「何してんだ、あいつら」

「すごろくだってよ。ルフィが釣り上げたんだと。全く、魚はこれっぽちも釣れねェくせによ」

ゾロは、またくだらない事を、と呆れて、キッチンを出て行こうとした。まだ鍛錬が2セット残っている。
その時ルフィが、ある駒を投げてゾロの後頭部に当てた。

「ししし!お前もやるんだゾロ!船長命令だ!」

「ああ!?」

「勝負だ、ゾロ!」

勝負と言われては後には引けない。
くだらないと思いつつも、ゾロは絶対勝ってやると、チョッパーの隣に腰を下ろした。

「ゼッテェ負けねェ」

猛々しい龍の駒をスタート地点へ置き、ゾロは唸った。
スタート地点には、駒が5つ。
ナミが放った猫も仲間に入っていたが、誰も取り除こうとしなかった。

「よし、じゃ始めるぞ!注意書きにはこうある。サイコロは2つ、振って出た合計の数だけ駒を進める。もしゾロ目が出たら、もう一度振ることが出来る。一番に上がったものは、"ジュマンジ"と勝ち名乗りを上げること。いいか、ズルなしだぞ!」

「ジュマンジ?なんだそりゃ」

「さー、ウノみてェなモンじゃねェの」

「うし、俺からだ!」

ウソップの説明を聞いていたのかいないのか、ルフィは嬉々として、握った2つのサイコロを盤の上に振った。



振って、しまった。



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