最愛ベイベ <前>


さて、どうご機嫌を取ったものか。

雷おこしに人形焼、ひよこにもんじゃにごまたまご。
思いつく限りの土産も買ったし、昨夜は電話も入れた。
すっかり低音になった電話越しの声は、全く可愛げの欠片も残っていなかったけれど、拗ねてると分かる口調は、記憶のまま、子供の頃から変わらない。
もう、4年も会っていないのだ。
帰らずにいたのは、幼い幼馴染に対する、自分の暴走を止めるための自衛策。
けれどアイツも、もう16歳になっているはずだ。
もし、白とピンクと金色で構成された、あの可愛い幼馴染が、世にもおぞましいムサ苦しさに成長していたらどうしよう。
ゾロは4年振りに故郷へ向かう列車を待ちながら、ホームでひとり溜息を吐いた。


                        ◆◇◆


「サンジー、もう時間じゃないのー?」

「分かってるよー!」

急かす母親の声に余計に焦りながら、サンジは嵌らない腕時計の止め具と格闘していた。
慣れているはずの腕時計が嵌らないのは、この手が少し震えているからで。
緊張に震えるなんて、自分もまだまだ繊細だなァ、とサンジは笑う。
ようやく嵌った時計を見れば、長針も短針もすでにヤバいトコロまで来ていて。
最後にザッと鏡で全身をチェックして、サンジは部屋を飛び出した。

「ゾロくんにヨロシクー」

母親の声を背中で聞きながら靴を履き、返事もしないままに家を出て。
エレベーターへ向かう廊下の途中にある、お隣の家のドアをチラリと横目で見ながら、呟く。

「おばちゃん、ゾロ帰ってくるよ。ヨカッタね」

本当にヨカッタのは、サンジ自身なのだけれど。


                        ◆◇◆


列車はつつがなく目的地へ到着し、4年振りの故郷の空気を肺イッパイに吸い込んだ。
だが感慨深いと思ったのは気のせいで、空気の悪さは東京とあまり変わらない。
両手に土産の紙袋を持って、ゾロは駅の階段を降りた。
母親は今日も仕事だし、迎えなどいるはずもないので、改札を出ても辺りを見回すことなく足早に、ひとつしかないのに「南口」と名付けられた駅前ロータリーに出てバスを待った。
平日の昼間、バスは20分に1本で、電車との兼ね合いを最初から全く考えていないダイヤですら守られていなくて、バスはいつ来るともしれない。
駅から実家までは歩いても30分かからない程度だが、この荷物を持って歩くのは少々億劫だ。
ゾロは決して気の長い方ではないが、今はそう急く必要もないので、ロータリーにウンコ座りしながら流れ行く駅前の景色を眺めていた。
20年近く前、ゾロがここへ越してきたときからあった、古い果物屋さんがなくなって、そこへ賑々しいパチンコ屋が建っている。
あそこの果物屋のオヤジは、何かにつけてリンゴやらバナナやらをオマケに付けてくれた。その余裕ある商売振りがアダになったか。
よく見れば見慣れた履物屋は大手の靴屋に様変わりしているし、寂れた酒屋はコンビニになっている。
4年というものは存外長いものだなァ、とゾロは相当ボンヤリ無為な時を過ごしていた。
ボンヤリしているとき、人は思いのほか無防備なもので、背後から何者かに頭を叩かれたのは、ゾロにとって不覚以外の何物でもなかった。

「ア?」

だが黙ってやられているゾロではない。
素早く身を起こして、威嚇のためにメンチ切り。
優位に立とうと相手を見下ろそうとして。
しかし相手の目線が真正面にきたので、ゾロは内心舌打ちした。
だが。

「テメェなんっで、手ブラなんだよ!」

キンキラの髪に頬を紅潮させて、息を切らした不穏の輩は、どう見てもあの、幼馴染だ。

「…サンジ?」

「帰ってきたんじゃねェのかよ!なんで土産しか持ってねェんだよ!荷物は!?まさかまた東京に戻る気じゃねェだろうな!?」

「サンジか?」

「荷物が重いだろうからってよ!俺様が折角迎えにきてやったのに!バスは来やがらねェし!おかげでここまで走らされたんだぞバカ野郎!」

「…サンジだな」

至近距離でまくし立てられて、ゾロは辟易しながら彼をサンジと認めた。
4年の歳月は街を一変させるが、人はそう簡単には変わらないものだ。
随分と背が伸びて、声も低いしアホっぽい面は大人びたけれども。

「オイ聞いてんのかバカマリモ!」

「お、お前いい時計してんじゃねェか」

「…あ?ああ、いいだろコレ。去年高校の合格祝いにバアちゃんが」

やはり、全然変わってない。
バカでアホで頭がユルくて扱いがチョロイ、素直なサンジ。
ゾロはなんだか、胸がいっぱいになった。
小さくてか細かった少年が、立派に成長して今、目の前にいる。
今すぐ抱き締めて、抱っこしたり高い高いしたりしたら、やっぱり怒るだろうか。だが少なくとも、幼児ワイセツで警察を呼ばれることだけはなさそうだ。
カワイイカワイイ、ゾロのサンジ。
臆病にも幼い彼から逃げ出した、ゾロの帰りをずっとずっと待ててくれた。

「荷物は全部、宅急便で送った。電話でも言っただろ、コッチに就職したんだってよ」

抱き締めたい手を我慢して、乱暴に頭を撫で回す。
けれどサンジはちっとも嫌がらなくて、顔は拗ねていたけれど、ココロは嬉しくて堪らないのが丸出しだった。

「…じゃ、もうずっとココにいるか?」

「あー、そのつもりだ」

「もうおばちゃんをひとりにしないか?」

「そーだな、心配かけたしな」

「東京のオンナとは手ェ切ってきたか?」

「なんだそれ。いねェよンなモン」

ちょっとした嘘も、優しさのうち。東京の尻軽女たちなんて、サンジのために、記憶のゴミ箱にポイ捨てだ。

「もうどこにも行かねェし、お前からも逃げねェよ」

そう告げてみれば。
サンジの顔はみるみる赤くなって、照れ隠しと分かる暴言を撒き散らしながら、暴れた。
蹴られた背中は息が止まるほど痛くて、サンジの成長振りを、ゾロは身をもって実感した。


                        ◆◇◆


ゾロが!ゾロと!ゾロだ!
いつまで経っても来やがらないバスに見切りをつけて、ゾロとサンジは並んで徒歩で帰路に着いた。
サンジは隣を歩くゾロの顔を覗き見ては、緩む頬を押さえられない。
4年振りのゾロは、元々老け顔だったのか、ちっとも変わっていない。ちょっと背が縮んだと思ったのは、自分が成長したせいだ。
途中の駅前商店街で、ゾロはお店のおばちゃんや、道行くお婆さんに声を掛けられている。
久し振りね、いつ帰ってきたの、ゾロちゃんがいなくて寂しかったわ、これでお母さんも安心ね、いい男っぷりになったもんだね、ウチの娘を嫁にもらってよ。
そして全員、最後に。
サンジちゃん、よかったね。
そう言うのだ。
あんまり言われるものだから、何だか素直にウンと返せなくて、サンジは困った。

「モテモテだな、ゾロ。主に熟年層に」

「なんだかな」

そんな風にスカしてみせたゾロだけど、おばちゃんひとりひとりにキチンと頭を下げていて。
サンジはやっぱり、そんなゾロが好きだと思った。
東京でスレてしまわないかと心配もしたが、そんなものは杞憂だった。ゾロがゾロで、本当によかった。

「これ、なに?」

「もんじゃセット。東京駅で売ってた」

「へー、美味い?」

「俺も食ったことねェ」

「じゃ、帰ったら焼いてみようぜ、な」

袋いっぱいのお土産。
どれも食べ物ばかりで、一見気が利かないようでも、サンジのツボは食料にこそある。
ゾロが帰ってきたことと、いっぱいのお土産の、嬉しさダブルヘッダーで、サンジはこの4年間の、拗ねた気持ちを忘れてしまった。
寂しかったり、切なかったり。
帰ってきてくれないゾロを恨んだこともあったけれど。
もう、いい。
こうして、帰ってきてくれたから、いい。

「俺な、お前と同じ高校に入ったんだぜ」

「電話で聞いたよ。もう1年前のことだろうが」

「ウン、もう2年生になるんだ。それでな、俺就職クラス選択にしたんだ」

「あ?進学しねェのか?就職ってお前、何すんだ」

「コック!」

ゾロがいる、この街で。
コックになって、色んな人に、たくさん、たくさん自分の料理を食べてもらうのだ。もちろん、ゾロにも。

「フーン、昔から言ってたな、そういえば」

「オウ!」

「でもそれなら普通、調理師学校とか行かねェか」

「え」

「資格あった方がいいだろ、先々」

「あ」

「…思いつかなかったのか」

思いつきませんでした。
レストランに就職したら、すぐにコックになれると思っていて。
勢いで就職クラスにしたけれど、早まったかもしれない。

「…やっぱ、お前はダメだな」

ゾロがそう言って溜息を吐いたので、サンジは少なからずムッとした。

「ダメじゃねェもん!資格なんかなくたって、俺はコックになるんだ!全然ダメじゃねェ!」

「ダメだ」

「何が!」

「俺がいねェと、お前はダメだ」

ヒャーッ、と歯の浮くような台詞に、サンジは身を震わせた。
言ったゾロも恥ずかしかったのか、電柱に蹴りを入れている。

でも、嬉しくて。

久し振りにふたりで歩く道のりが、いつもより甘酸っぱく感じられたのは、サンジだけではないだろう。
お隣に住んでる、6つ上のゾロくん。
幼馴染の、お兄ちゃん。
その彼が、急に恋人になってしまったような感覚に、サンジは気恥ずかしさを禁じ得ない。
サンジが生まれて、早16年。
ふたりの関係は、今ようやく、新しいスタートラインなのだ。
サンジは半分持ったお土産の紙袋をギュッと抱き締めて、前を行くゾロの背中を追い駆けた。


                        ◆◇◆


自宅のドアを開けると、見慣れた家具や匂いに安心する。
ダイニングのテーブルには、母からの短いメモが残されていて、それによると彼女の帰宅は、午後8時を過ぎるらしい。
慌しく出勤したのか、そこら中に服や化粧品が散乱していて、変わらない母の顔を思い浮かべ、ゾロは苦笑した。

「でもおばちゃん、寂しかったと思うぞ」

責めるようにサンジに言われても、実感できない。
何しろ母は、夫に先立たれ、生まれたばかりのゾロを抱えても、気丈に振舞い、笑って怒って働いて、家だって買って。
母であると同時に、父親でもあった人だから。

「…まぁ、これから充分に恩返しするし」

アンタの飯を作っているヒマはなかった、というメモと一緒に置かれた1万円札を摘み、少し迷ってから、ゾロはそのお札を元に戻した。

「少しはラクさせてやらねェとな」

その言葉に、サンジは自分のことのように嬉しそうに笑った。

「お前んとこにも挨拶に行かねェと。おばさん元気か?」

「いいよ、あとでで。元気過ぎてウルサイくらいだし」

サンジはお土産のもんじゃを引っ張り出して、勝手知ったる様子で、ゾロですらどこにあるのか知らないホットプレートを運んでくる。
きっとサンジは、ゾロがいなかった間も、母の寂しさを随分と和らげてくれていたのだろう。
思えばゾロも、幼かったこの幼馴染に、たくさん元気を貰った。
兄弟もなく、鍵っ子だったゾロが寂しさなど微塵も感じずに育ったのは、偏にこの、サンジのおかげなのだ。

「…アホでも、ありがてェモンだなァ」

呟きは、幸いにもサンジの耳までは届かなかったようで、サンジは上機嫌でもんじゃの準備をしながら、ナニ?と首を傾げている。
サラリ、と流れた金髪が、ひどく眩しく。
どんなにデカくなろうが、まるで天使みたいだった赤ん坊の頃と、全然変わらない。
口を開けばガラッパチで、頭もユルきゃ性格もユルいが、ゾロにとって、サンジはとてつもなく大きな存在で。
もんじゃの小さなヘラを物珍しそうに眺めていたサンジの、これまた小さな頭を、ゾロは胸に抱き込んだ。

「わ!」

驚いたサンジが咄嗟に腕から抜け出そうとするのを、ゾロは許さない。
愛しくて、かわいくて。
やっと自分と同じくらいまで育った彼に対して、最早遠慮するいわれはないのだ。
好きだと思って何が悪い。触れたいと思って何がいけない。

「ぞろ?」

「ん」

「苦しいって」

「ん」

金髪を撫でて、白い首筋に顔を埋めれば、嗅ぎ慣れたサンジの匂い。
生まれたばかりのサンジを初めて抱っこした時に感じた、愛しい匂い。

「ゾロ、もんじゃ」

「ん」

「食わないの?」

「ん」

「ゾロ」

「ん」

「…おかえり」

「…ん」

サンジの腕が首に巻きつき、恋しさを伝え合う。
慣れたものに囲まれているはずなのに落ち着かないのは、きっとサンジのせいだ。
変わっていないと思ったサンジが、その腕が、ひどく熱っぽかったせいだ。

「俺、だいぶオトナになったから」

「ん」

「ずっと、待ってたし」

「ん」

「だから」

「抱いていいか?」

そう問えば、熱い息を吐き出す唇が近付いて。
承諾の証の、キスをした。
繋がりは徐々に深くなり、舌で口腔を舐め上げれば、互いの唾液が混ざり合い、官能を呼んだ。
漏れ出す喘ぎは淫蕩で、ゾロはサンジの知らない一面を見る。
ゾロが知っていたのは、快感を悪びれず求めた幼いサンジで、今のサンジは、この行為が背徳であり、甘美なものであると知っているのだ。
スキンシップは肉欲に変わり、愛情は恋情に変わり、好奇心は情欲に変わった。
小さかった幼馴染を、ひとりの恋人として見られる自分に、ゾロは安心する。
これは、イタズラではなく。
恋した者同士の、歴とした、気持ちの交感。
好奇心や快感を求める行為ではなく、互いを求める神聖な。

「部屋、行くか?」

「…ここでイイ」

抱き寄せた腰から、サンジの劣情が伝わってくる。
待ちきれないのはお互い様で。
いつも一緒に過ごしたリビングの床に、ゾロはサンジの体を押し倒した。

「背中、痛くねェか」

「へーき」

もどかしくサンジのシャツを捲り上げて、ヒンヤリ冷たい肌に手を這わせれば、自分でも驚くほど、ゾロは興奮した。
平らな胸は薄く、肩は細く、けれど少年から青年に変わる途中の、しっかりとした骨格。
薄く色付いた乳首は、ゾロを煽るためだけに付いている器官のようで、堪らずしゃぶりつけば、サンジは小さく悲鳴を上げて、腰を捻らせる。

「気持ちイイか?」

「よくねェ…」

「ウソつけ」

ベルトを緩め、直接握りこんだサンジのペニスに言ってやる。

「ちゃんと皮、剥けたか」

「見てみろよ」

そう言って笑ったサンジは、何だかとてつもなくイヤらしくて。
この場で鼻血なんか出したら、これまで積み上げてきた威厳が台無しだと、ゾロはサンジの顔から目を逸らした。
ズボンと一緒に下着も脱がせると、さすがにサンジは恥らった様子で、唇を尖らせながら抗議してくる。

「お前も脱げよ」

サンジの目が羞恥と欲望に濡れて、ゾロを見詰めている。
ゾロは素早く全てを脱ぎ捨て、その体をサンジに晒した。
自分でも、ちょっとヤバいな、と思うほどに膨張したソコを見て、案の定サンジは絶句する。

「…バケモノ」

「…そりゃ、男にとっちゃ褒め言葉だ」

しかし開き直って再び覆い被されば、サンジの欲望も更に質量を増していて。
互いの裸なんて見飽きるほど見ているのに、こんなに興奮するなんて、セックスというのは不思議なものだ、と心の中で苦笑した。

「なぁ、そんなん、挿らねェよ…」

サンジの呟きは墓穴を掘り、具体的にサンジに挿れるのだと自覚させられたゾロの凶器は、限界まで怒張してしまう。
サンジの足を開き、その間に割り込むと、互いのペニスが擦れ合い、どうしようもなく感じた。
しばらくそうして擦りつけていると、次第にサンジの息が弾み、サンジも腰をくねらせて、更に快感を得ようと動く。
抱き締め合い、口づけ合いながら、まだ春の陽の差し込む明るいリビングで、ふたりは本能のまま絡み合った。

「ア、アア…」

どちらが発した喘ぎなのかも定かにならないほどに身を絡ませ、ゾロがサンジの耳に舌を捻じ込めば、サンジは仰け反って快感に震える。
限界まで張り詰めたサンジのペニスを握ると、決定的な刺激を欲していたソコは、悦び首を振って、過剰すぎるくらいの先走りで自らを濡らした。

「ゾロッ、ゾロッ、イキたい…!」

足を大きく開いて悶える様は、ゾロの脳髄を直撃して。
愛撫を強請るペニスを離し、膝が顔につくほどにサンジの体を折って、現れた小さな入口に、先走りに濡れた中指を捻じ込んだ。

「痛!」

突然の慣れない痛みに苦痛を訴えるサンジに、ゾロは焦る気持ちを何とか宥めて、サンジを抱き締め、口づけながら、丹念にソコを解した。
やがて入口が濡れた音を発し始めると、焦れたサンジは自分でペニスを握り、擦り出す。

「ア、ア、ア、なんか、ヤベ…!」

全身を紅潮させ、指姦されながら自身を激しく擦り上げて、昇り詰めていく。
その、あまりのエロ過ぎるビジュアルに。

「アッ、イクッ、出るっ」

上擦った、イヤラしい喘ぎに。

「ゾロ、ゾロ、ゾロォ!」

自分を呼ぶ、声に。

「サンジ…!」

堪らずゾロは、サンジの腹の上に、盛大に射精してしまった。


擦っても、いないのに。


ゾロ、一生の不覚。




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