知りたがりベイベ(前)


ゾロは至極真っ当な青年である。
母一人子一人で育った彼は、母の日にはバイト代で彼女を食事に誘う孝行息子で、取ってつけたような愛想はないが、お年寄りに手を貸したり、迷子を交番に届けたりすることが出来る、近所でも評判の好青年なのだ。
無論女性に関しても、擦れ違ったお姉さんがナイスバディだったらすかさず振り返ったり、同級生の女子から告白されれば悪い気はしなかったりと、性癖も至極真っ当だった。

…はずだった。



ゾロの住むマンションには、お隣に6つ年下の幼馴染がいる。
名前はサンジといって、キラキラの髪と瞳が印象的な男の子だ。
彼が生まれた時のことも、すでにお隣だったゾロはよく覚えている。
痛い痛いと、妊婦だったサンジの母が大騒ぎして、まだ幼かったゾロが救急車を呼んだためだ。
鍵っ子ゾロは、他に頼る大人もなく、内心かなり動揺しながら共に救急車に乗り込む羽目になり。
救急隊員に「ボクもお兄ちゃんになるんだからしっかりな」などと言われる始末。
病院に着いてからも、持っていたテレカで方々に連絡しまくり、ホッと一息ついた途端に、分娩室から元気な泣き声が聞こえてきたのだ。
何を勘違いしたのか、看護婦が生まれたてのキンキラな赤ん坊をゾロの元に連れてきて、微笑ましそうに抱っこさせたものだった。

「弟くんよ、お兄ちゃん」

渡されるがままその手に抱いたサンジは、温かくてホワホワで。
どこからどう見ても、金髪のオランウータンだった。

そのオランウータンも、すくすくと成長して徐々に人間らしくなっていき、一番最初に発した言葉らしきものは『ぞろ』だった。

可愛い、と。

思わない方がどうかしている。

あれから12年の月日が経って。
すっかり大人になったゾロは、未だ纏わり着いてくる、お隣のサンジが可愛くて仕方ない。
もちろんそれは、幼馴染として、そして兄としての、感情だったけれど。



「ぞーろーぞーろーぞろぞろろろのあぞろー!」

奇妙な音程のついたドア越しのそれは、最近のサンジ襲来の合図だ。
ゾロが帰った頃を見計らって、サンジがゾロを尋ねるのはここ10年来の習慣で。
すっかり大きくなって母親に無用心を容認されてからは、ロロノア家のドアに鍵は掛けられていないのだけれど、サンジはそれを知りつつも決して勝手に押し入ることはしない。
こうしてきちんと呼びかけて、ゾロに扉を開けてもらうのもまた、習慣だった。

「オウ」

開けたドアに素早く反応したサンジが、トップスピードで中へ侵入してくる。

「よぉ、クソゾロ」

あのオランウータンも、立派な少年に成長した。
キンキラな髪と瞳はそのままに、ゾロの影響か少々言葉遣いが荒い。
しかし変声のまだ済まない高い声は、幾ら悪態をつこうとも微笑ましいばかりだ。

「メシは」

「まだだ」

「だと思ってよ、ホラ、お裾分け」

物心のつき始めた頃から、サンジは料理に多大な関心を持っていて、12になる昨今では、ゾロの母親もかくやと言うほどの素晴らしい腕前を持って、時々ではあるがこうしてお零れに預かることが出来る。
色とりどりのタッパーを有難く頂戴して、ゾロはダイニングへ入った。

「これ、チンした方がいいか?」

「まだ温かいだろ、大丈夫だよ。…つか、その凶悪なツラでチンとかゆーな」

サンジは椅子に腰掛けて、足をブラブラさせながら笑った。
彼は同い年の少年達の中では然程小さいほうではないのだが、ゾロにしてみればいつまでもチビでキラキラのガキだ。

「食っていいか」

「ドーゾ」

サンジはいつも、自分が作ったものを食べるゾロが好きで、ニコニコとそれを眺める。
しかし今日は、どうもそのニコニコに覇気がない。
またスーパーで勝手に高価なスパイスでも買って、母親に叱られたのだろうか。

「何かあったか」

幼馴染の勘でゾロがそう問うと、サンジは曖昧に頭を振って、食事に集中しろ、と文句を垂れた。
無理に聞き出す謂れもないので、ゾロはそのまま放っておくことにし、箸を忙しなく動かし続ける。
本日のメインは棒々鶏に中華風茶碗蒸し。絶品だ。

「美味い」

「おう」

サンジは嬉しそうに笑ったが、すぐに大きな溜息をついて、ゾロの箸の行方を散漫に見守っている。
どうも調子が狂う。
ガキ丸出しのこの幼馴染は、何の悩みもありません、と言った風情で、アホのようにヘラヘラしているのが常だ。
料理を褒めた時などは、飛び上がらんばかりに嬉しがるくせに。
今日は一体、どうしたというのか。

「オイ、何があったか話してみろ」

最後の茶碗蒸しをかき込んで、ゾロは茶を啜りながら促した。
サンジはゾロに隠し事をしない。
親や友達に言えないことでも、ゾロには必ず打ち明ける。
そうした長年の習慣が、ゾロにもサンジにも染み付いていた。

「またサチコちゃんに振られたか。アイちゃんの尻でも触って叩きのめされたか」

「違ェ!人をシキマみたいにゆーな!」

「色魔、ね」

難しい言葉を使うようになったもんだ、と感心していると、サンジはグッと唇を噛み締めて、俯いてしまった。

「じゃあ何だ、具合でも悪いのか」

何の思惑もなく発した言葉だったが、過剰に反応したサンジが途端に顔を歪ませて、目を潤ませる。

「オ、オイ、マジで具合悪いのか。どっか痛ぇのか」

「痛くねェ」

「じゃ何だ、苦しいのか」

「苦しくねェ」

「あ?」

「…ゾロぉ…!」

「うお!」

サンジは食事の片付いたテーブルをひとっ飛びし、ゾロにタックルを食らわせた。
身が軽いのも考え物だ。

「ゾロ、俺…どうしよう」

ゾロの首根っこに引っ付いて、サンジがアウアウと泣き出した。
甘ったれのサンジも、最近はさすがに抱っこを要求することはなくなっていたので、こうして背中をポンポンするのは久し振りだ。

「何がだ?ハッキリ言ってみろ」

「おれ…おれ」

「ん」



「チンコが病気になっちゃった…」



あらまぁ。
そうとしか言えない心境で、ゾロは苦笑いした。
サンジと同じ年の頃、自分にも覚えのある告白だった。

「あー、アレか、朝起きたら白い小便でも漏れてたか」

「!」

「ネトネトで、パンツの隠し場所にでも困ったか」

「すっげぇ!何でわかんの」

やはり。
サンジには自分と違って父親もいるのだが、このお子様にそこまで性教育はしていなかったのだろう。
ここはひとつ、兄代わりの自分が、サンジを安心させてやらねばなるまい。

そんな義務感が、至極真っ当だったロロノア・ゾロの運命を大きく変えることになる。



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