愛をください


賑やかしい宴会の後。
ラウンジに残っているのは、片付け物をしているサンジと、ダラダラ呑み続けているゾロだけになった。
「あのさァ」
山のような食器をカチャカチャと洗うサンジが、顔も上げずに言った。
「求愛してみてくんねェかな、お前の故郷のやり方でさ」
妙な早口だった。
ゾロは残り少ない酒瓶を悲しげに見つめていたので、一瞬反応が遅れる。
余り性能の良くない脳ミソを叩き起こして、「コキョウノキュウアイ」について急いで検索してみたが、ヒット数はゼロである。
「…知らん」
「知らねェってお前、見たことくらいあるだろ」
相変わらずサンジが目も合わさないので、ゾロは盛大に顔を顰めた。
ゾロとサンジは、所謂お付き合い中である。
むかつくけど好きだし、鬱陶しいけどそばにいたいし、すごく色んな所に触ってみたいのだ。
そんな欲求が見事に一致したので、じゃあお付き合いしてみましょうか、と相成っている今日この頃。キスしたり、イヤらしい感じで触ったりする関係だ。だがまだ最後まではいってない。
「ねェよ、まだガキだったし」
「言え。言ったらもう1本酒だしてやる」
それは是非とも頑張らねば。ゾロは懐かしい故郷の景色を辿り、それらしき光景を思い出そうと試みた。
サンジがこんなことを言い出した理由については、大方の見当がつく。二人のお付き合いのきっかけが、サンジによる「故郷の求愛」の披露だったからだ。
どんな話の流れだったかは定かでないが、お前ェはレディへの愛が足りなさ過ぎる、おれの故郷ではこうやって求愛すんだ――とか講釈垂れて、ゾロの前で跪き、右手を左胸に当てて「…僕の愛」とか言いやがったのだ。
そこは爆笑しておくべき箇所だった。バカアホエロと笑い飛ばすべきだったのに、ゾロは何だか真顔になってしまった。
そしてサンジも、そんなゾロを凝視して、次に自分がどうすべきか咄嗟に判断したらしい。
ゾロの左手がサンジの左胸に導かれ、サンジの左手がゾロの左胸を触った。サンジは情けないような可愛いような顔をして、唇だけでゾロを呼んだ。
表面張力ギリギリまで溜め込んでいた感情が決壊するに、それは充分な衝動だった。
以後、二人はわりと仲良しなのである。
そんな経緯があったものだから、サンジが言い出したこともゾロには理解できた。
何しろ「故郷の求愛」というヤツは、ものすごいパワーを秘めている。生涯仲間でいようと決心していたゾロの心をも、簡単に絆してしまったのだ。
自分もやってもらいてェんだろうな、と思う。サンジは盛大なアホだが、愛されたがりな可愛いところもある。
俯いたまま熱心に皿を洗い続けているフリのサンジが、急に、自分が守り慈しんでやらねばならない小さな生き物のように思えて、ゾロは歯噛みした。
お付き合いってのは凄い。あのエロ眉毛がそんな風に見える日が来ようとは。
あいつを喜ばせてやりたいなどと、天変地異が起こりそうなことを考えつつ、記憶を辿ったゾロの脳裏に、朧気な光景が蘇る。
「…手紙…恋文…?」
「何だ!どうした!」
噛み付くように食いついてきたサンジの顔が、紅潮していた。期待、羞恥、不安、そんなものが綯い交ぜになった顔だ。
「キュウアイ…じゃない、夜這い…?」
「良いから話せ、な、酒やるから」
ドンと目の前にラムが置かれた。一気にそれを飲み干すと、ぼんやりしていた記憶が急に鮮明になる。
「ん、夜這いだ。でも求愛にも使ってた」
「何だよ、手紙?ラブレター?」
「そうだな、相手に好きだぞ、と伝えるに一番ポピュラーな手だった気がする。相手の下駄箱にこう」
「ゲタ…バコ?…GETA?」
ゾロは内心、うわこいつ変なとこでマジ外人、と思って笑った。
「あー、何だ、道場とか会合所で靴入れておくアレ」
「あ、シューズラック?シューズラックだろ!」
「…お前が考えるシューズラックとやらと、おれの下駄箱とは天地の隔たりがあるだろうが、まァ主な用途は同じだ。その下駄箱にな、思いの丈を書いた手紙をそっと忍ばせておくわけだ」
「へー!!すげェ奥手な感じだなァ、素朴っつーか。でもレディからそんなお手紙もらったら、死ぬほど可愛くて嬉しいなオイ」
ニコニコと嬉しそうなサンジの姿に気を良くして、ゾロは更に語った。
「だが本格的なのはまた別だ。主に夜這いに使われる」
「よ、夜這い…!!」
驚愕して鼻を押さえるサンジを尻目に、ゾロは腕を組んで頷く。
「聞いた話だが…まず男が目当ての女に手紙を書くわけだ。それは直球じゃ無粋だから、すげェ遠回しな手紙だ。テメェを思うと夜も眠れず、悶々と妄想ばっかしている、みてェなことを飾り立てた文章で書く。季節感も大事

だ」
「…名ニシ負ハバ逢坂山ノサネカヅラ…人ニ知ラレデクルヨシモガナ…とか…?」
「お前ホント東洋マニアの外人みてェだな」
「で!?もらったレディはどうするわけだよ!」
「嫌なやつからなら放置だ」
「厳しい!」
「意に沿うやつなら、返事を出す。こっちもその気だ、って書く。季節感と遠回し重視で。それを2回繰り返して、ようやっと男は女の部屋に忍び込めるって手筈だ」
「はー…」
サンジは恐れ入ったとでも言うように、両手を胸の前で合わせて感心している。アホだなァ、と思う。
「で?どうする?恋文書いて欲しいのか」
ニヤリと笑って問いかけると、サンジはハッと息を詰めてシンクの奥へ逃げ込んでしまった。これは追わねば男が廃る。
腕を捕まえ引き寄せて、壁際に追い詰めた所で抱きしめた。耳に直接囁いてみる。
「面倒臭ェしきたりだったが…今思えば焦らしの手かもな」
「じ、焦らしか…恋愛の大事な奥義だな…」
「おう、焦らして焦らして…突っ込めたときの快感な。テメェもいい加減、焦らすのやめて突っ込ませたらど」
最後まで言えずに、ゾロは吹っ飛んだ。完全に油断しきった腹に、羊肉はキツい。
「て、手紙だ…!おれをその気にさせる手紙を書くことをテメェに課す!!」
叫んだサンジは額まで真っ赤で、ゾロをますます焦らすのだった。

それから数日、図書室に篭って辞書と睨み合う剣士の姿を目撃したロビンは、寒気に痩身を震わせた。

――――ロロノア・ゾロの最初の恋文
テメェの尻を思うと、身も世もなく、夜も昼も眠れるが、テメェの夢ばかり見る。次は春島に着くらしいから、盛りの季節にテメェを抱きたい。


――――サンジの返信
お前は馬か。次の春島は賑やからしいから、お姉さまにでも抜いてもらってタネ付けして来い。


――――ロロノア・ゾロの2回目の恋文
テメェを抱きてェって言ってんだ。春島まで待ってやるのだってギリギリだ。つーか今晩、展望室で裸で待ってろ。


――――サンジの2回目の返信
風邪ひくわボケ!もうちっとだけでいいから遠回しに言え!季節感も完全に無視じゃねェか!…今晩の夜食リクエストあるか?


――――ロロノア・ゾロの3回目の恋文
おにぎり。鮭とイクラと海老マヨ。おれは他人の握ったおにぎりは好かんが、お前のだけはお袋のより美味いと思う。


――――サンジの3回目の返信
了解。  
                             ――――裸で待ってる。

 






よそのお母さんが握ったおにぎりって、ちょっとだけ抵抗ありませんか。というお話。


モドル