郷愁 |
ゾロは時々、昔話をする。 ヤツが見張りの夜に差し入れを持って見張り台に顔を出すと、口では言わないがちょっと付き合えみたいな雰囲気になって、一緒に酒を飲んだりする。 そういうとき、大抵は俺が話題を振るのだが、10回に1回くらいの割合でゾロが自ら昔話をすることがあるのだ。 ゾロの故郷は緑に囲まれた山深い土地らしくて、俺は勝手に長閑な田園風景と生意気なガキゾロを想像して話を聞く。 海で育った俺には、ゾロの話で聞く山遊びや草木の話、聞き慣れない風習や伝統の話は新鮮で面白い。 年に1回行われるという村祭りの話が俺は特に好きで、まだ残暑厳しい秋口の夜に開催されるのだそうな祭りを見てみたいと思う。 普段は質素な村人一同が真新しい浴衣を着込んで、実りの秋に豊穣を願う。 子供は浮かれてはしゃぎ回って、年寄りはそれを愛しげに見つめる。 若い男女は恋をして、熟した夫婦は絆を深める。 太鼓を囲んで踊って呑んで、特別な夜を村人全員で楽しむのだそうだ。 いいなぁ、と思う。 こういう昔話や故郷の思い出話は、ルフィやナミさん、ウソップやチョッパーもたまにしてくれる。 今は旅の空だけれども、みんなそれぞれ、懐かしく思い出す故郷がある。 俺にとってのバラティエがそうかと問われれば、それは少し違う気がして。 子供として周囲の大人に見守られて、何の不安も不自由もなくアホみたいに遊び回った経験が俺にはなくて、だからみんなの昔話に惹かれるんだと思う。 特にゾロは、旅に出るまで海も見たことがなかったという生粋の山育ちで、その分憧れる気持ちも強いし、話を聞くのも楽しい。 みんなそれぞれに帰るべき場所があって、もちろん俺にもあるけれど、郷愁というような、故郷を懐かしんで胸を温める術が俺にはないから。 「帰りたくねェのか?」 その質問は野暮だと知っているけれど、聞かずにはいられないんだ。 大事な人、大事なもの、子供にかえれる愛すべき故郷があるならば、俺ならきっと帰りたくなる。 そんな想いを振り切って、みんな夢のために旅を続けているのだろう。 故郷に帰ることは、きっと自分を甘やかすことになってしまうから。 「まだ、時じゃねェ。大剣豪になったらな」 予想通りの答えは俺を満足させてくれて、ゾロという男の背負うものを大切に思う。 幼い頃の優しい記憶を胸に前だけを見て突き進む生き様を、愛しく思う。 ゾロは情も優しさも知らない残忍な人斬りなんかじゃなくて、根底にしっかりと大切なものを持っていて、そういう風にゾロを育ててくれたヤツの故郷に、俺は感謝と尊敬を。 「そんときゃ、俺も連れてけ」 未来の約束なんて何の意味もないけれど。 ゾロが少し嬉しそうに頷いたので、何だか幸せなキモチで肩に寄りかかってみたりして。 いつかゾロに導かれてその地を踏む自分を想像しながら、俺は幸福な眠りに落ちる。 ゾロが髪を撫でる手と、気候海域に入った秋島の優しい風が、聞いたこともない祭囃子を運んできてくれるようだった。 「ゾロ!新しい手配書出たみたいだぞ!」 到着した秋島は、極めて質素で平和な島。 海軍など微塵も見当たらず、俺たちは3日の予定で呑気に岬で停泊をしていた。 小さな町に下りていたウソップが息を切らせて走り帰ってきて、俺はジャガイモを剥く手を止めた。 甲板で惰眠を貪っていたゾロも目を覚まし、何事かとウソップを一緒に迎え入れた。 「町の掲示板に貼ってあったんだ。海軍もいねェと思って油断してたからビビったぜ!見慣れねェ写真だったが、速攻で剥がして持ってきた」 俺は小さく舌打ちをした。 折角のんびり過ごせそうだったのに、手配書が出回っているんじゃそう長居はできないだろう。 幾ら平和な島の優しい住民でも、賞金首の顔を見たら平静ではいられない。 「ナミさんは?」 「まだ町にいるだろ。買い物するって言ってたから」 「知らせねェとな。探してくる。お前らは船出す準備しとけ」 ログは今日の夕方には溜まるはずだ。朝を待って出航する予定だったが、そうも言っていられない。 俺はすぐに船を下りて、指示を仰ぐためナミさんを探しに町へ向かった。 簡素な町は船を停めている岬から10分ほど走った場所にあって、店の数もそう大したことはないからナミさんはすぐに見つかるはずだ。 ルフィやチョッパーのいる場所は大よその検討が付くので、まずはとにかくナミさんを。 走って町に辿り着いて、洋品店や文具屋を覗いてみる。 しかしナミさんは見つからなくて、だったら訊いた方が早いかと、人を捕まえるために辺りを見回した。余所者が珍しいような田舎だったし、第一ナミさんはあまりにも美しくて目立つから、一目見れば大抵の人間は覚えているだろう。 キョロキョロして、道に露店を開いているジイさんを見つける。 売り物の魚の開きがちょっと良い出来だったので、ついでに何枚か買い付けて、オレンジの髪をした素敵なレディを見なかったかと尋ねた。 するとジイさんはすぐに思い当たったようで、人の良い顔でウンウンと頷き、開きを包装してくれながら背後を指差した。 「その若い娘なら、アレを見て何故か大笑いしてのぅ。腹を抱えて港の方へ向かったぞ」 大笑い? 何を見たのだろうとジイさんの背後に目を走らせると、壁に何やら緑髪の手配書らしきものが。 「ゲ!」 これはヤバいと速攻で剥がそうとしたが、間近で見てその手を止めた。 「お前さん、その子の知り合いかね」 俺の行動に驚いたジイさんが、目を見開いて言った。 「ならば、たまには帰ってあげなさいと伝えておくれ」 彼に食べさせてあげるといい、と言ってオマケしてくれた開きを手渡しながらジイさんはちょっと涙ぐんでいた。 「ワシの息子も昔家出してのぅ…ちょうど彼くらいの歳の頃だったか…」 ウソップの野郎。 何が新しい手配書だバカヤロウ。 「きっと親御さんも心配しておるよ…」 ジイさんはその写真を壁から剥がして俺に渡した。 コレが、どういう経緯でココに貼られていたのか知らないが。 ナミさんが大笑いしたのも…ああ、頷ける。 『うちのゾロ知りませんか?』 そう銘打たれたチラシの中央には、今よりずっと幼い姿のクソ剣士。 『××年 大剣豪になると言い残して突如失踪。身長180cm弱、当時の服装は緑の腹巻にジジシャツ黒ズボン。マリモのような緑色の髪と三本の刀が目印です。お心当たりの方は当方までご連絡ください』 ご丁寧に住所まで書かれたその 分かりはしないが、とにかく。 「ジイさん…コイツは家出じゃなくて迷子なんだ…」 「…そうか…ならば、君が送り届けてやるといい」 「ああ…」 言われなくてもそうするだろう。 俺はゾロの故郷の温かさと呑気さと。 心配してくれる人間がいることへの憧れと羨ましさと。 それを上回る宇宙規模の脱力感で、いっぱいになった。 俺がアイツに連れて行ってもらうんじゃなくて。 アイツが俺に連れて行ってもらうんじゃねェか… アイツの故郷に絶対に行かねばならない口実が出来てちょっぴり嬉しかったことは絶対に内緒にして、とりあえずウソップを蹴り飛ばそうと心に決め。 大切な住所が書かれたチラシを、ソッとポケットにしまった。 |
ゾロにはちゃんとしたご両親や兄弟がいるといいと思う。