素敵な片想い


今までもまるで何を考えているのか分からねェと思っていたが、今度という今度は、本気でコイツとは通じ合えねェと思い知った。
いや。
通じ合うには通じ合ったのだ。確かに。

何の因果か、生意気でアホでチンピラなクソコックに欲情を覚えるほど惚れてしまったので、思い立ったが吉日、俺はテメェに惚れてるぞと教えてやった。腹にメシ以外の何かを溜め込むのは好きじゃない。
言うことを言ってスッキリして、まァコイツのことだから蹴りの2・3発を覚悟して、腹筋にチカラを入れていたときだった。

「…俺、も…だ。クソッ」

タバコのフィルターを極限まで噛み潰して、苦虫もあの世に逃げ出すほど噛み潰して、アイツは言った。
この俺が好きだと言った。
だから俺たちは通じ合ったのだ。間違いない。
だから俺は、早速コックのカラダも手に入れてしまおうと思った。惚れてる同士なら話は早ェ。
何せ俺は、コックの姿を見れば例えそれが米粒大に小さくても、ムスコがやる気マンマンになるほどにはヤツに惚れていたので。
だから、悪態はいつものことだと耳を素通りさせていた。
コックが、クソッ、と漏らすのは口癖みたいなもんだ。気にするはずもない。
しかしその告白に付属していたクソッは、そんな甘いものじゃなかった。
強引に抱き寄せようと肩を掴んだ俺の腕を、悲しくなるほど邪険に振り払って、コックは続けたのだ。

「クソッ…両想いなんて、なりたくねェよ気色悪ィ」

サムいだろ!サム!サム!と連呼して、背を向けられてしまう。
一体、これはなんだ。どういうことだ。
何だか無性に頭に来てコックのスネに蹴りを入れたら、その5百倍くらいの強さで甲板まで蹴り飛ばされた。

「すすすす好きなヤツになんてことしやがるんだテメェはクソマリモ!減点100だ100!!」

元々何点あったのか、ちょっと知りてェ。




「サンジくんはね、片想いが好きなのよ」

そう航海士は言った。
この情報を引き出すのに5万ベリー取られ、当然持ち合わせなどないので借金が更に嵩む。
しかし意味ある出費だった。
煮詰まって事の経緯を明かした俺を、かなり奇怪な物を見るような目で見ていたナミは、それでも読んでいた本を閉じて教えてくれたのだ。

「サンジくんは、何か…そう、自分以外の何かを愛しむのが好き。でも、相手が自分を愛しむのは苦手なのよ」

普段あれだけコックに言い寄られているこの航海士が、哀れなほどコックを邪険に扱うのには、こうした背景があるからなのだとナミは言う。

「想いを返されるのが苦手って言うのかしら。見返りのない奉仕が好きなのね」

本当はそんな小奇麗なものじゃなくて、ただの自己満足なんでしょうけど、とナミは呆れたように続けた。

「だからサンジくんに言い寄られて本気になった女は可哀相よ。私も好きよ、なんて返したらきっと彼、引くわ」

なんてこった。

「片想いをしてるうちは、いいの。でもそれ以上になると、相手の嫌な部分も見えてくるでしょう。それが怖いんじゃないかしら」

そんなのは、オカシイ。
相手の嫌な部分も愛してこその恋愛だ。
現に俺は、アイツの巻きに巻いた眉毛も、俺より濃い毛ズネも、天気屋でアホで自己中で足癖が悪くて態度も悪くて口も悪くてタバコ臭くて喧嘩っ早くて生意気でクソが長くて風呂も長くて女好きで脳ミソ2グラムで…オイオイ、イイ所全然ねェな…でも、アイツが好きなのだ。惚れてるのだ。
よく知らねェモン同士じゃあるまいし、今更付き合って失望することなんかないに等しい。
それは多分、お互い様だ。
アイツだって、いつも文句ばかり垂れてる俺が好きなんだ。だから、今更嫌な部分もクソもねェだろう。

「そんなの、もうあるわけねェ」

「まー、これだけ長い間一緒にいるんだからそうかも知れないけど。でも、付き合って初めて見えてくるものだってあるでしょう」

「例えば」

「そうね…価値観とか、恋愛観の違いとか?」

そんな高尚なモンが俺とあの野郎の間に生まれるとは思えないのだが。
ナミの言うことにも一理ある。

「よく話し合ってみたら?アンタたちはケンカでしかコミュニケーション取ってこなかったんだから、伝わってないことも多いのよ、きっと」

そうしよう。
コックの元へ立ち去ろうとした俺に借用書の判を押させて、ナミは読書に戻っていった。
よく見なかったが、借用書なのに「死亡時の受取人」欄があったのは何故だろう。こんな借用書にもう80枚くらい捺印してる気がしなくもない。
まぁいい。
今はナミへの借金よりもコックとの話し合いだ。
俺は勇んで、機嫌の良い鼻歌が流れるキッチンへと、踏み込んだ。

「オイ、コック」

「何だクソマリモ。メシならまだだぞ」

「メシじゃなくて」

こちらを向かずに料理から目を離さないコックの首を強引に捻る。
何だか変な音と変な角度になったが、まぁいい。

「よくねェ!痛ェなムチウチ寸前だクソバカミドリ!」

…まぁいい。

「話があんだ。聞け」

「俺はねェよ。どっか行け、邪魔でしょうがねェ」

本当にコイツは俺に惚れてるのかという基本的な疑惑が浮上するが、そんなこと言ってたら話が進まない。
とにかく今は、俺はテメェに失望することなんかねェし、テメェも今更俺に失望することなんかないだろう、と説かねばならない。
そして晴れて惚れ合ってると認め合えなくては、アレやコレや出来ないのだ。
何としてもここは、このアホコックを説得せねば。

「よく聞け、クソコック。俺はテメェに惚れてる」

「…聞いたよ、クソッ。でもそりゃサムいだろ!だから俺はイヤだからな!」

「テメェも俺に惚れてるって言った」

「言ったがどうした!だからって全てがトントン拍子に進むわけじゃねェぞ!」

「ンなこた分かってる。だが、ちゃんと話し合えば解決するだろ。カチカンの違いとか、レンアイカンの違いとか」

「サム!キショ!テメェそんな言葉どこで習ってきた!?」

「ナミだ」

「ナミさん!?」

聡いコックは悟ってしまったらしい。
そうだ、ナミにはもうバレた。つーか、バラした。逃げ場はねェぞ。

「何てことしてくれんだこのバカマリモ…!」

「そのナミが言ってんだ。よく話し合えってよ」

「いっくらナミさんのお言葉でも、話なんかねェよ!確かに俺はテメェにホ、惚れちゃいるけどな!付き合うキモチなんかミジンコほどもねェんだよ!」

「だからそれは何でだ。話し合おう」

バカに付き合うのも忍耐がいる。
しかしこれは超えなければならない試練で、超えたあかつきにはこのコックを好きに出来るはずなのだ。是非とも超えねば。

「付き合うと色々見たくねェモンが見えてくるからか?」

ナミの受け売りでそう問うと、コックは図星を指されたように顔を強張らせた。
やはり、あの5万ベリーは無駄じゃなかった。

「見たくねェモンなんか、今更ねェだろ。お互いによ」

「……」

「俺はテメェのアホで生意気で凶暴なトコだって結構気に入ってるし。今更なにを」

「あるんだよ!見たくねェモン!!」

コックはキーッと地団駄踏んで、サラサラの金髪を掻き毟った。
あーあ、キレイにしてあったのにもったいねェ。
俺は前からその髪に触りたくて堪んねェんだ。早く触らせろ。

「つつつ付き合ったら…その、やるだろ、あの、」

「セックスか」

「もっとオブラートに包め!いっそ風呂敷に包んで三つ指ついて差し出せ!」

「するぞ。してェからな」

そう言うとコックは耳まで真っ赤にして、プルプルと唇を噛んで言い放った。

「俺はしたくねェ!」

なんで。
惚れて付き合った相手なら、セックスするのが普通だろ。
自他共に認めるエロコックの言葉とはとても思えない。

「俺はしてェ」

「俺はしたくねェ!だからイヤだ!付き合えねェ!」

これは、価値観とか恋愛観ではなく、セックス観の違いなのだろうか。
でも、それだって。
充分に話し合えば、きっと。



「俺はミドリの陰毛なんか見たくねェ!見たら絶対ェキライになる!」



…は?

「股にマリモ飼ってるヤツなんかオカシイだろ!俺は見ねェぞ生涯見ねェ!見たらテメェを好きでいられなくなる!減点5万でゲームオーバーだ!!」

…ハァ。

「…一生俺を好きでいてェから見たくねェってことか…?」

「ああ!」

それは、とてもスゴイ愛の告白だったけれども。
心の大部分は嬉しく小躍りしたけれども。

全くもって、高尚な話ではなく。

「俺と付き合いたきゃその異常な毛を剃って来いパイパンマリモ!」



もしナミに報告したら、予想以上にアホだったコックに失望することだろう。

長い付き合いでもまだ失望する材料ってあるモンだな、と。
俺は剃毛とコックを秤に掛けて、船底まで項垂れた。




マリモを飼い始めた友人に捧ぐ。