決 算 |
「そうね…私はね、金に細かいところを見ると幻滅するかなァ」 ナミのその発言に、その場にいた全員が「それをお前が言うな!」と思った。 しかし口にはしない程度の賢明さを、GM号の男衆はとっくに身に付けている。 夕食の後にダラダラと話し込んでいるうちに、いつの間にか飲み会になった。 宴ではなく飲み会と称するのは、今夜に限って大騒ぎすることなく、どこかしっとりとした大人の雰囲気が漂っているからだ。 歌を歌うわけでもなく、大声ではしゃぐわけでもなく。 そんな飲み会は自然の流れで、互いの恋愛観というGM号では珍しい話題となっていた。 今ナミが言ったのは、「異性のどんなところを見たときに幻滅するか」という、ウソップからの質問の答えである。 女にとっては「幻滅」、男にとっては「萎える」といった場合の、少々突っ込んだトピックだ。 「男はね、宵越しの金を持たない方が素敵だわ。主に私のために使ってくれれば、に限るけど」 計画性のないドンブリ勘定とは別よ、とナミは付け足す。 彼女の恋愛観は金銭感覚と直結している特殊なものなので、聞いても全く参考にはならない。 無論ゾロには女心を知るために参考にする気など毛頭ないが、貴重な女の意見に期待を膨らませていたウソップは少々ガッカリ顔だ。 「あとは働かない男ね。甲斐性がない男。男の風上にも置けないわ」 チラと嫌そうな目付きでナミが自分を見てきたので、ゾロは憤慨した。 どこぞの賞金首でも狩りまくって、その首を換金し、貰った札束を甲板にでも撒けば、この女をギャフンと言わせることが出来るのだろうか、などと考えてみる。 しかしナミをギャフンと言わせたところで嬉しくも面白くもなく、得をするのはナミばかりであるという結論に辿り着くと、その想像はバカバカしさと共に頭から消えた。 「んナミさぁーん!俺なら甲斐性はバッチシだぜ!どんなときにもキミに苦労なんかさせやしないよ!」 「…そうね、サンジくんはそうかもね」 ニッコリと笑うナミにコックはますますメロメロになって、ナミのために海の見える豪邸を建てるとか、一生身を粉にして働く決意表明なんかを並べ立てた。 そのウンザリするような光景を見ていると、恐らくコックは言った通りのことを現実にやってのけ、その上自分もナミのために働けることをこの上ない幸せと感じるだろうし、ナミはナミで、金を運ぶ一途なコックと一緒になったら幸せになれるだろう、とゾロは思った。 ナミと自分では自分だけがマイナス収支になるが、ナミとコックは双方プラス収支になるということだ。 ならばふたりはくっ付くべきではないだろうか。互いが幸せになれる相手など、そうそう見つかるものではないし。 そう思ってコックを見ると、彼はまだ幸せそうに笑って、ナミに自分が何をしてあげられるかの壮大な計画を機関銃のように捲し立てている。 そんなに幸せにしてやれるのならば、ナミをさっさと手に入れればいいのに。 あの女ひとりぐらい、ギャフンと言わせて好きなように食ってやればいい。 なのにモタモタしてるもんだから、自分なんかに食われるハメになるのだ、あのアホコックは。 ゾロは空になったグラスをテーブルの端に追いやり、まだ開いていないボトルに手を伸ばした。 「あ〜、ハイハイ、分かった分かった。で、サンジくんは女性のどんなところに幻滅するの?興味あるわ」 「ええ〜、ナミさん俺にそんなに興味が!?えへ、えへへ参ったなァァ」 軽くあしらわれるコックがナミを手に入れることはないのだろうと確信する。 ゾロは他人の恋愛感になど興味はないが、ここは聞いておくべきだろうと耳を欹てた。 「俺はね、レディのどんなところを見ても愛しいから、幻滅なんかしねェけど…」 「けど?」 「例えばロマンチックな夜を共に迎えたとして。そのレディが鼾をかこうが歯軋りしようが…極端な話、寝ッ屁をしたって、俺に気を許してくれてるって思えば嬉しいし」 寝ッ屁まで愛せるとは、コックの愛は偉大である。 ゾロはちょっぴりコックを尊敬した。 でももしコックが自分の隣で寝ッ屁をしたら、自分も恐らく。 ゾロはその想像に思いを馳せすぎて、続きを危うく聞き逃すところだった。 「でもまぁ、アレだな。ロマンチックに服を脱がせてみたら、ハラマキ愛用とか?それはちょっと引くかもなァ」 そんな女いないわよー、とナミが笑う。ウソップも笑った。 しかしゾロは笑えなかった。脱がせるまでもなくハラマキ愛用の自分は、コックを常に萎えさせている可能性大だからだ。 「それが似合ってたりしたら、逆にトキめいちまうかもしれねェけどー」 笑い声の中で小さく小さく呟かれたコックの声を、ゾロは聞き逃しはしなかった。 そして自分のハラマキをビヨンと引っ張ってみる。 …コイツが自分に似合っているといい。 「アハハ、じゃ、じゃあさ、アンタはどう?ゾロ」 「あ?」 「異性の幻滅する瞬間!」 「…アア…」 質問が自分に飛び火したので、ゾロはハラマキを引っ張ったまま考え込んだ。 「伸びちまうぞー」 するとコックがハラマキに指を引っ掛けて、元の位置にパチンと戻してくれたので、ゾロは何だかいたく感動してしまった。 きっとコックは、自分がハラマキだろうが鼾をかこうが寝ッ屁をここうが、今みたいに優しげな目をして、自分を甘やかしてくれるのだろう。 コックと自分では、自分ばかりがプラス収支なのだろうか。 それは少し、いやとても。 男として情けなくはないだろうか。 「ゾロ?どしたー?」 「ああ…俺は」 コックの薄い背中から目を外せないまま、ゾロは思いついたことを口にする。 「俺は…料理の下手な女に萎える」 それを聞いたナミやウソップは、女性蔑視!どこの亭主関白だお前は!とゾロを罵ったけれども。 無言のコックの背中は、ひどく嬉しげ。吐き出された煙は愛の形。 もしかしたら自分とコックは、双方プラス収支なのかもしれないと。 ゾロはナミにグーで殴られながらも、幸せだった。 |
ゾロ誕11のお題より。
「春」というお題でした。
決算期ですからね…ええ。
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