求め行くままに


明日も一緒にいられる可能性は、99%くらい。
1週間後は95%くらいで、1ヵ月後は90%くらいだ。
1年後になると50%まで減って、5年後には10%を切る。
10年後には、どちらかが死んでいる可能性が50%を越えて、一緒にいる可能性となればもう、奇跡のような数値まで下がる。

それでもいいのだと、そう思ったから、今一緒にいる。
もしも明日、1%の確率で別れが訪れたとしても、今日一緒にいられたのだから後悔はない。
そう。
最初から出会えなかった人生よりは、ずっといいのだから。



夜明け前の船尾は、撥ね返る水飛沫に濡れて少しだけ肌寒い。
熟睡の最中に尿意で目を覚ましたゾロは、用を足して部屋に戻ろうとした道すがら、そこにコックの姿を見つけた。
彼は濡れるのも構わず、船尾から身を乗り出して、流れ行く海を見ていた。
煙草の煙が狼煙のように上がって、時折思い出したように傍らのボトルを傾けている。
寝ていないのか、すでに起きた後なのか。
ゾロには判断がつかなかったけれども、そのまま放っておく気にもなれず、極力足音を消して、彼の元へ続く階段を昇った。

「風邪ひくぞ」

そんなふうに声を掛けてみたのは、単に他に言葉を思いつけなかったせい。
コックがこの程度で風邪などひかないのは百も承知だったが、かといって他に話題があるわけでもなかった。
コックは振り向きもせず、応えもせず、けれどそこにゾロがいることを許容したように、背中を丸めた。

「寝てねェのか」

傍まで近寄り、コックの手からボトルを取った。
中身の酒はもうほとんどなくなっていて、恐らく彼が一晩で空けたのだろうと知れる。
なけなしの中身を呷って、ゾロはコックの足元に腰を下ろした。
夜明けが近い。
あと1時間もすれば、コックはいつものように働き出さねばならないだろう。
この酒臭さを無理矢理シャワーで洗い流して、笑って怒って料理を作らなければならないだろう。

「たまによ」

ようやくコックが口を開いた。
こんなとき、彼はひどく口が重い。
普段のあのよく回る舌を、こんな時こそ活用して欲しいものだとゾロはいつも思う。
もっと喋ればいい。自分のことを、もっと。

「今、こうして何気なく通り過ぎてる海が、オールブルーだったらどうしようかと、そう思うときがある」

ゾロに聴かせるためではなく、コックは独り言を呟いているのだ。
けれど自分はそれを聴くことを許されているのだと、少しだけ胸が苦しくなり、温かくもなった。

「ナミさんが気付かねェはずはないし、俺だって。だけど」

本当にあるのか、それともどこか誰かのホラ話なのか、分かりもしないコックの夢。
彼はこの船で一番の夢追い人なのかもしれない。

「たまに、眠れなくなるときがある」

コックは濡れた頭を動物のように振って滴を払うと、ようやく海から目を離して、ゾロの隣に腰を下ろした。
そして疲れたように目を閉じて、らしくもなく、ゾロの肩に頭を預ける。

「俺の夢は、いつか叶うときが来るのかな」

この男は、自分やルフィのように、前ばかりを見て進めるタチではないのだと思う。
余計なことをグチャグチャと考えて、後悔したり迷ったり、時には泣いたりもする。
けれども、だからこそ彼は人に優しくなれる。人を愛することができる。

「もしお前が探してる海が見つからなくても」

そんな彼に、ゾロは慰めるでも諭すでもなく、自分の思うままを伝える。

「その存在を知らないまま海に出なかったよりは、ずっとマシなんじゃねェのか」

たとえ失くしても、絶望しても。
出会わなかったよりはずっといい。

「…俺は、どうもアヤフヤで曖昧で、手にはいらねェモノを好むタチらしい」

コックがそう笑うので、ゾロも笑った。
笑ったけれども、真剣に応えた。

「俺はアヤフヤじゃねェぞ」

ちゃんと生きているし、傍にいるし、手に入らないわけじゃない。
今、お前の隣にいるのは自分なのだ、と。
コックに言い聞かせるように、ゾロは肩の重みを愛しんだ。

「いつか無くなっても?」
「無くなっても」
「不確かなモノでも?」
「約束はできねェ。けど、今はここにいる。それでいいじゃねェか」

目を閉じたまま、コックは動かなくなった。
浅い寝息が肩を擽る。
夜が明けたら、彼を起こさなくてはならない。
けれど、それまで。

もしも明日、1%の確率で別れが訪れたとしても。


ゾロ誕11のお題発掘その3。
「求め行くままに」というお題でした。
そのまんま。


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