王者のベクトル |
ルフィには2通りの愛情があるとゾロは思った。 上陸した島で、いつもの如く道に迷い彷徨っていたゾロが合流したのは、絶望的なことにルフィだった。 ふたりは互いに、船はアッチだ、いやコッチだと言い張って譲らず、潮の香りすら届かない見知らぬ森は、いつの間にか夕日に赤く染まってしまった。 己の勘だけで物事をゴリ押しするルフィと、根拠のない確信を抱いて行動する自分とでは、似ているようで全然違って、けれど船に辿り着けないという結果的には同じなのだとゾロは思う。 ルフィと自分は、向いているベクトルが真逆のようでいて、しかし確実に同じ方向を示しているのだ。 「腹減ったなァ〜…サンジ〜…」 ここにはいない料理人の名をルフィが情けない声で呼ぶので、ゾロまで腹の虫が疼き出す。 だが、ベクトルの向きは同じでも、自分はこんなふうに料理人の名を呼んだりしない。 「サンジ〜…サンジ〜…」 「その辺の木の実でも食えばいいだろ」 顔を顰めてそう宥めると、ルフィは唇を尖らせて一瞬憮然とし、そしてまた料理人を呼ぶ。 「…サンジ〜」 「そんなにアイツのメシがいいのかよ」 先を行く後姿にそう問えば、ルフィは応えないままフラフラと歩を進めて、やっぱり料理人の名を呼ぶのだ。 その姿はまるで、母親を求める幼子のようでいて、しかし、失くした自分の持ち物を執念深く探すようでもあった。 あの料理人はルフィの船のコックで、突き詰めてしまえばルフィのコックだ。 ゾロ自身もルフィの剣士なのかと問われれば、単純に頷くことはできないが、コックがルフィのものであることについては、ゾロにも異論はなかった。 ゾロは、料理人を求めることを許されていない。 たとえ料理人本人がそう望んだとしても、ルフィに許してもらえない。 ゾロとサンジがいかなる関係になろうとも、それはあくまでもルフィの掌中での出来事で、だからこんなとき、ゾロはいくら腹が減っても、あの男を求めてはいけないのだ。本来の持ち主が料理人を求めている限り、ゾロにはそこへ割って入る権利が与えられていないのだから。 それはとても歯痒く屈辱的なことであるのに、ルフィの背中を見れば、やはり納得しない訳にはいかないのだった。 「そんなにアイツのメシが好きか」 応えない背中に再度問いかける。 「そんなにアイツが好きか」 するとルフィは不意に振り返って、至極真剣な顔で、 「お前のことも好きだぞ」 などと言う。 「けど、サンジとお前じゃ好きの種類が違うかなァ」 また背を向けて歩き出したルフィは、いつもの軽い調子で言った。 「サンジは…そうだなァ、喰っちまいてェ感じかなァ」 その表現が意外なものだったので、ゾロは面食らってしまう。ルフィの中に潜む凶暴性や獣性、そして見え隠れする狂気をこうして目の当たりにすると、自分がこの男よりはいくらか凡庸に思えてくる。 ゾロはあの料理人を喰おうと思ったことはない。当たり前だ。 けれどこの船長は、そのときが来たなら、きっと躊躇することなく料理人を喰らうのだろう。 「ナミはな、喰いたくねェ」 「細っこくて喰うとこねェからか?」 「違う。ナミは抱きてェ」 ゾロはまたしても絶句してしまう。しかしルフィは他愛のないことを喋るように言葉を続けた。 「ウソップは…どっちかって言うと抱きてェかな」 「…そりゃあ…やめとけ」 「チョッパーも抱きてェ」 「獣姦はマズいだろ」 「ビビも抱きたかった」 「今となっちゃ国家的重罪だ」 「ロビンは…喰いてェ」 ルフィの中でどのような法則が成り立っているのか、ゾロには見当もつかなかった。 いつでも彼は自分だけのルールに従って生きていて、今聞かされたことも、そのルールでは当たり前のように正しいことなのだろう、とだけ思う。 「お前はな、ゾロ」 自分の名前が出て、ゾロは少しだけ身を構えた。聞きたいような、聞きたくないような。 けれどもそれきりルフィは言葉を続けず、いつの間にか見えていた海に向かって走り出してしまう。そこには見慣れた船が停泊していて、その甲板でルフィのコックがこちらに向かって何やら叫んでいた。 その言葉は最悪に柄が悪かったけれども、恐らく船長の帰りを待ち侘びていたに違いない。 彼のために、彼の気に入る夕食を作って。 「サンジー!!」 腕を伸ばして甲板までの距離をショートカットしたルフィは、そのままサンジを捲き込み、キッチンへと姿を消した。 その光景をボンヤリと目に映して、やはり聞かなくてよかったとゾロは思う。 ルフィには2種類の愛情がある。 ひとつは、とても慈しみに満ちた深く優しいもの。 そしてもうひとつは、有無を言わさぬ凶暴さの、激しいもの。 そのどちらも、ゾロは恐ろしいと思った。 ルフィに愛されることは、重く辛く耐え難く、しかしそれなしでは生きていけなくなるほどの快楽に違いない。 そして多分。 後者の方が、よりその快楽は強いのだろう。 そんなふうに愛されているサンジとロビンは、きっとルフィ無しではもう生きられないのではないか。それはとても恐ろしいことだ。 向いているベクトルは同じだけれど、自分とルフィで辿り着く所は恐らく大分違う。 あんなふうに人を愛してしまったら、自分はきっとダメになる。 しかしダメにならないのがルフィであり、そんな船長だからこそ、料理人の本来の持ち主である資格があるのだろう。 ゾロは、自分に見向きもしなかったコックの残像を瞼から追いやり、ルフィのために作られた夕食のご相伴に与るため、わざとゆっくり縄梯子を登った。 |
ゾロ誕11のお題生き残りその2。
「王者」というお題でした。
ゾロサンだったみたいです。当時の私の中では。
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