嘘つきな果実


キッチンから適当にかっぱらって来たリンゴは、酒のつまみとしては最悪だ。
コックに言えばそれなりのつまみが用意されただろうが、すでに寝てしまったコックを起こすのも面倒臭い。
ゾロは酒に合わない甘酸っぱさを口に残すリンゴに顔を顰めながら、それでもシャクシャクとリンゴを齧った。

リンゴの匂いはナミの匂いに似ている。
彼女はいつも辺りいっぱいに、花のような果実のような匂いを振りまいている。
しかしゾロは、気配を如実に残すナミのそれを、いい香りだとは思いはしても、どこかのコックのように褒め称えようとは思わない。
ナミは海賊で、元は泥棒で、今も泥棒だ。そんなに自分の存在をアピールしてどうするんだ、と思う。もっとコソコソしろという感じである。

「あら、美味しそうね」

そこへいくとこの女は、いつも足音も立てず、気配すら見せずにゾロの前へ現れる。今現在そうしているように。
彼女からは何の匂いもしない。生きていれば当然身に付くはずの生活臭すらしない。

「良い香りね。私にもひとつ剥いて欲しいわ」

同じ船の上で同じように生活しているはずなのに、彼女のガードは崩れない。
ただひとつ、彼女から漂ってくるものがあるとすれば、それは。
「胡散臭さ」という妖しい香りだけなのだ。

「コックさんはもう寝てしまったの?」

「こんな時間に起きてんのは見張りかお前くらいなもんだ」

「それは残念」

女はそう肩を竦めると、優雅な仕種でゾロの横に腰を下ろした。

「邪魔だ、寝ろ」

自分でも憮然としていると分かるほど不機嫌な声が出て、ゾロは女との間を取った。
この女は苦手だ。落ち着かない。
それは、外見は美しくても齧ってみれば毒を持つ、そんな風に彼女を捉えているせいかもしれなかった。

「眠れないのよ、こんな夜は」

海は凪ぎ、星が瞬き、平和を象徴するような夜。
女は、静けさが雑音となって眠れないのだと言う。

「少し頂戴」

ゾロの手から齧りかけのリンゴを取り、微笑を湛える唇で、女はそれを齧った。
まるでゾロの齧った跡を辿るように。

「甘いわ」

齧り付く時に見えた白い歯と、熟れた舌と。
咀嚼し嚥下する様すら、ひとつひとつが毒のようにゾロの目に焼きつく。

「コックさんに剥いてもらったら、もっと甘いのかしら」

指についた蜜を舐め取り、女は微笑った。

無味無臭のこの女を齧ったら、出てくるのは毒々しい柘榴のような芳香か。
それとも絞りたてのリンゴのような、胸に染み入る甘酸っぱさか。
どちらにしても騙されるのだと思うと、ゾロはロビンを齧る気にもならないのだ。



アップするタイミングを逸したゾロ誕11のお題の生き残り。
今更ゾロ誕って…
「甘酸っぱい」というお題でした。

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