聖なる夜に


ゾロがクリスマスという行事を知らない、ということは船内では結構メジャーな事実である。
いや、実際は知らないわけではなくて、意味が分かっていないのだ、ということも。
その日はちょうどチョッパーの誕生日でもあり、毎年呑んで食って騒いで何が何だか分からぬうちにクリスマスはいつも終了してしまう。
それが良くないのだ。
12月25日はチョッパーの誕生日で、楽しく大手を振って酒が呑める日、という感覚しかゾロにはない。
イエス・キリストの誕生日なのだとか、本来は神聖なものなのだということ、そして一部では恋人達が愛を語らう日なのだということもゾロは知らない。
もうすぐクリスマスだな、というクルーたちの言葉は、ゾロにとってイコールチョッパーの誕生日、という意味でしかないのだ。
別段ゾロがクリスマスを知らなかろうが、クルーたちにとって全く不都合は生まれないのだが、この船の料理人だけはちょっぴり事情が違っていた。
彼は行事やイベントを大切にするタイプであり、そして、何より。
今年のクリスマスは、彼にとって特別な意味を持っているから。
しかしゾロがこのままである限り、料理人が望むようなクリスマスを過ごすのは無理というものだった。




「今年のクリスマスは島で迎えられそうよ」

ナミの言葉に一同は色めき立つ。
海の上で迎えるクリスマスもいいが、島で迎えるクリスマスは初めてのことだ。

「チョッパーの誕生日だし、たまにはいいレストランでも予約して楽しみましょう」
「レストラン!」
「サンジくんもそれでいい?」
「あ、うん、たまには人が作ったモンもいいね」
「じゃあ決定!」

わー、と一同スポンサーに拍手。
しかしゾロは何だかむっつりと黙ったままだった。
彼にとってはコックの料理以上に口に合うものなどなかったし、クリスマスに上陸したからといって何のメリットがあるのか分からなかったのだ。
それを見て察したのか、ウソップが得意げに教えてやる。

「ゾロ、クリスマスの街はいいぞー。綺麗にライトアップされてよ、どこからともなくジングルベルが」
「何だソレ」
「知らねェのか、ジングルベ〜ルジングルベ〜ル鈴が鳴る〜う」
「何で鈴が鳴るんだ」
「そりゃお前、サンタが乗ってくるトナカイの鈴だろ」
「サンタって誰だ。どうしてチョッパーに乗るんだ」

サンジなら知っているがサンタって野郎は知らない。強ェのか。
そうゾロがかますと、ウソップは諦めたように視線を逸らし、徐々にゾロから遠ざかる。
折角の楽しい気分を、バカに付き合って台無しにする気はさらさらないのだ。
ウソップに振られたゾロは、構わずサンタのことを考え続けた。

どうもその野郎はチョッパーの誕生日にチョッパーに乗って登場するらしい。
歌にまでなっているからには、相当有名な人物なのだろう。
しかし誕生日当日の主役に乗るなどとはどういう了見だ。チョッパーが気の毒ではないか。

クリスマスの街に主役に跨って登場するらしいサンタという人物を、ゾロはどうにも快く思えない。
もしチョッパーに鞭でも打ちやがったら、すかさず細切れにしてやろう、とコックのようなことまで考えた。


一方、そんなゾロの様子を見ていたサンジは、これはイカン、と改めて覚悟を決めた。
ゾロがアホなのはもう治しようもないが、クリスマスの正しい知識だけは身に付けてもらわねば。
実のところ、長年、ズルズルと曖昧な関係が続いている二人である。
顔を合わせればケンカになるし、もう決定的に相性が悪いのだが、それでも。
サンジはゾロのことが好きだった。
ずっと、もうずっとずっと長い間、ゾロのことが好きだった。
それは多分ゾロにも伝わっていて、ゾロも恐らくサンジのことを憎からず思っていることも知っている。
食事の支度をしているキッチンで、ジッと視線を感じることもあるし、ケンカでお互いに触るのは平気でも、フトしたときに手と手がニアミスしそうになったりすれば、ゾロは不自然に手を引っ込めて赤い顔でそっぽを向く。デフォルトで少女漫画なのだ。サムいことこの上ない。
しかし長い間一緒にいれば、相手の考えていることが分かるようになってしまって、ゾロがサンジをただのコックとして扱っていないことなんて丸分かりなのだ。
それでも二人は、何だかきっかけが掴めないまま、もうずっと長いことただの仲間としてのスタンスを崩せなかった。
友達であった期間が長い男女こそ、恋人になるタイミングが難しいように、サンジとゾロもまた、今更どのツラ下げて「好きだ」なんて言っていいのか分からない。
その一言で、きっとゾロもサンジも随分と楽になれるのに。
相手が言わないなら自分も言わない、という最悪な意地の張り合いになってしまって、もう蟻地獄だ。

その均衡状態に痺れを切らしたのは、ゾロでもサンジでもなく、実はウソップだった。
端から見ていると、二人のケンカはもう痴話喧嘩の域で。
それなのにくっ付く気配すらない二人にイライラを募らせて、ウソップはある日サンジに言ったのだ。

「もういい加減にしろよ」

突然に怒ったように言われたサンジは、何のことだか分からなかったが、ゾロとのことだと聞くと、ウルセェ放っとけと小声で抵抗しつつもメリ込むように俯いてしまう顔を抑えられなかった。
このままじゃいけないのは自分が一番よく知っている。
でも、きっかけが掴めない。
そんなサンジに、ウソップは気の利いた助言をした。

「もうすぐクリスマスじゃねェか。その場のロマンチックな雰囲気でさ、お前から言えよ。男だろ」

ゾロとサンジでロマンチックもクソもあるか、とウソップは内心思っていたに違いないが、サンジはその言葉を素直に受け止めた。
クリスマスはサンジが好きなイベントのひとつである。
愛を語らうには最も向いているホーリーナイト。
相手がゾロだということはまァどうしようもないが、サンジの気持ちとして、クリスマスならば言えるかもしれない、と思った。

「…分かった。俺も男だ」

ウソップとサンジは、固く熱い指切りを交わした。

そんなわけで今年のクリスマスは、サンジにとって大変な意味を持つイベントとなる。
自分とゾロがその、恋人になれちゃうかもしれない日だ。
だから準備に余念がない。
どんなシチュエーションで、どんな言葉で。
考えに考えた末、思い当たったのが、ゾロのあのクリスマス無知である。
あれは、どうも。
クリスマスに告白などしても、到底ロマンチックな雰囲気になれる状態ではない。
二人で蝋燭の灯りが揺れる中、グラスを合わせて「メリークリスマス」なんて夢のまた夢だ。
どうにかしてゾロにクリスマスの特別さを分かってもらいたい。
サンジは、迫り来るXデーに備えて、アレコレと画策していた。




「うわうわ、綺麗だなー!」
「案外賑やかそうな街ねぇ」
「見てみろ!広場にでっかいツリーがあるぞ!」

いよいよ上陸が迫ると、一同近付いてくる島影に大いに歓声を上げた。
かなり大きな街なので、夜になればきっと街中がクリスマスムードたっぷりになるに違いない。
ナミは雑誌から切り抜いたレストランのクーポンをサンジに寄越し、予約してくるよう頼んだ。

「まだ空きがあるといいんだけど。大人数じゃ無理かしら」
「まかせてナミさん!例え満席でもナミさんとロビンちゃんのお席だけは絶対確保するよォォ」
「じゃ、頼んだわね。ついでに買出ししてきちゃったら?明日にはログも溜まるし」

ナミから買出し金を預かって、サンジは接岸すると同時に張り切って船を下りた。
その背中には、もう不安も迷いもない。
なぜなら。
散々嫌がったウソップに、ゾロのクリスマス教育を任せたからだ。
半ばそれは脅しであったけれども、告白の言いだしっぺであるウソップに断る権利はなかった。というか与えなかった。
今日という日がいかにロマンチックで、恋人同士にとって特別な日であるかをしっかり叩き込んでもらったのだ。
ウソップからの報告書によると、ゾロは不真面目な態度ながらも講義を受け、何となく納得したらしい、とのこと。
何となく、という点が気にならないではないが、サンジはこの際クヨクヨ悩むのをやめ、今夜の告白に全力投球するつもりでいた。
街を歩きながら、ムードのいい公園やバー、そしてそこから近いホテルなんかを赤面しながらチェックして回る。ちょっと思考が飛躍しすぎていたが、誰も止める者がいなかったので、見つけた感じのいいホテルに部屋までリザーブ。
ここで何が繰り広げられるのか、なんてことは考えもしなかった。ただ、クリスマスっぽい演出で頭がいっぱいだった。
幸いナミに指定されたレストランにも席が取れたので、ここで皆でパーティした後に、コッソリゾロを公園に呼び出そう、なんてサムい予定まで頭に入れて、サンジは意気揚々と買出しのため市場へ向かったのだった。




午後6時。
街は賑々しくライトアップされて、まさにクリスマス一色に染まった。
肩を寄せ合い行きかう恋人達の姿に、買出しを終えたサンジの心も華やぐ。
今夜。そう、今夜こそ。
雪の降る公園で、ゾロに好きだと言っちゃうのだ。
ゾロはきっと驚いて、少し気まずそうに視線を泳がせたりして、しかし結局サンジから意識を逸らせず赤面して。小さな声で、俺もだ、なんて言うに決まっている。
そうしたらその場で抱きついたりなんかして、ゾロはサンジの頬を撫で、冷てェな、と温めてくれようとしちゃったり?そこですかさずホテルの部屋を取ってあることを告げて、肩を寄せ合って二人きりになれる場所へ向かうのだ。その道中、クリスマスの意味を解したゾロが、サンジの耳元に「メリークリスマス」とか言ってしまえばいい。

「…クフ、クフ…ギャァァァ!!」

暴走する妄想に、サンジは街の中心で身悶え絶叫した。

「…みっともないからやめて、サンジくん」
「…あ、ナミさん…」

気付けばサンジが立っていたのは、先程ナミに頼まれて予約したレストランの前だった。
ドレスアップしたナミは、クルーたちを引率してきてくれたらしい。全員が店の前で顔を合わせた。

「ヒョホー!ナミさん赤いドレスがセクシーダイナマイツ!!」
「サンジくん、なんかテンション変」
「ナミー!腹減ったぞ!このメシ屋か!?」
「勝手に入らないの!高級店なんだから、お行儀良く!」
「オギョウギヨク!」

ナミとルフィが保育士と園児のような会話を交わす後ろに、本日のサンジのターゲットも退屈そうに佇んでいた。
本人を目の当たりにすると、サンジの心臓は更に脈打ち、緊張が高まった。

「オイサンジ、準備は万端か?」

声をかけてきたのはウソップで、何もかもが順調だと頷くと、ウソップも胸を張ってサンジに言う。

「俺様の教育に間違いはねェはずだ。あとはお前次第だからな、サンジ」
「オウ、やるっきゃねェ」

一行はゾロゾロと連れ立って店のドアをくぐり、高級店の威圧感に圧倒されながらも、楽しい誕生会とクリスマスパーティに期待を寄せた。
大きな丸テーブルに案内されると、気の利いたウェイターがウェルカムドリンクを注いで回り、グラスの中でパチパチと弾けるシャンパンが、パーティムードを一気に盛り上げる。

「お料理が来る前に、乾杯しましょ!」

ナミがそう提案すると、一同頷いてグラスを手に取り、そして船長であるルフィに音頭が任される。ルフィもウムと頷いて当然のように立ち上がった。
が。
なぜか、それを遮る者が。

「何だよゾロ!ジャマだぞ!」
「ルフィ、百歩譲ってここは俺に任せろ」
「なんで!?船長は俺だぞ!」
「いいから。今回だけ譲れ」

頑として言い張るゾロの目の色があまりにも真剣で。
ルフィはチェーと唇を尖らせつつも、その場をゾロに譲った。こう見えて、ルフィも案外オトナである。ゾロに比べれば。

「悪ィな、ルフィ」

そう前置くと、ゾロはコホンと咳払いをひとつして、グラスを片手に立ち上がった。
その姿を、サンジは内心ドキドキで見守った。これから一体、何が始まるというのか。

「…あー、こういうのはガラじゃねェが…テメェらも知ってる通り、俺は今まで、今日は単なるチョッパーの誕生日だと思っていた」
「単なるってなんだ!」
「まぁまぁチョッパー」
「だが、ウソップに色々と教わって…今日が世間的にどういう日なのか、分かった」

そこまで聞いて、サンジはその身を硬くする。
隣に座ったウソップがサンジを肘で突付き、密やかに耳打ち。

「…ゾロのヤツ、まさかこの場でお前にコクるつもりじゃねェか?」
「…そりゃちょっと…なァ…」

そう俯きつつも、サンジは内心二ヤけてしまいそうなほど嬉しかった。いや、ナミやロビンの前で告られたりするのはちょっとアレだが、ゾロの真摯な眼差しが、嬉しくてたまらなかった。
気分が高揚して、少しばかり震えた拳を固く握る。ウソップが宥めるように、サンジの背中を叩いてくれるのがありがたかった。

「今夜しか言えねェ言葉があることも知った。だから…俺はそれを言いてェ。聞いてくれるか」

最後の問いかけは、どうやらサンジへ向けたものらしく、ゾロの熱い視線がサンジに突き刺さる。サンジはドキドキして、けれども期待を込めて、その視線を真っ直ぐ返した。

「チョッパー、誕生日おめでとう。それから」

ゾロは思い切ったように息を吸い上げ、グラスを高々と掲げて。
そして、叫んだ。レストラン中に響き渡る、絶叫にも似た大声で。





「メリークリトリス!!!!」












「…ゾロ、お前はもう決して西洋行事には参加してくれるな」

見るも無残に項垂れたサンジの肩を庇うように抱きながら、ウソップはそう言い放った。
その直後、現れたガタイのいいウェイターによって、ゾロが首根っこを掴まれ退場させられたのは…言うまでもない。



季節感皆無。