手紙


「赫足さんからお手紙着いたー」

「グル眉さんてば読まずに食べたー」

「オイ違ェよルフィ。グル眉さんたら、だ」

「グル眉さんたら読まずに食べたー」

「そうそう」

「しーかたがないのでお返事書いたー」

「なんか微妙に音ズレてんぞ」

「さっきの手紙のご用事な〜に」

「おお、さすが俺様が歌唱指導しただけのことはある!」




ゼフからサンジ宛てに手紙が届いたのは、今朝の話だ。
ナミの新聞と共に、便利なカモメ便で遥々運ばれてきたらしい。
こんなことは、旅に出てから初めてで。
実家のように思っているあのレストランに何か起きたのかと、働き者のカモメから奪い取るように、サンジは白い封筒を手にした。
逸る気持ちを抑えながら、ひとりキッチンに篭って封を開ける。

あのジジィもいい加減トシだし。
まさか病気でもしてるんじゃあるまいな。

万が一ゼフがそのような事態に陥っていても、わざわざ心配を掛けさすようなことはしないだろう。
だが、そのときのサンジには、何事か大事件があったに違いない、としか思えなかった。

だって、あのジジィが。
手紙なんて、柄じゃないのに。

震える手をどうにか宥めて、便箋を取り出す。

懐かしい筆跡。
よくジジィのレシピノートを盗み見して怒られたっけ。

擬似ホームシック寸前で、サンジは「サンジへ」と自分の名が書かれた文字の上を指でなぞった。



サンジへ


お前のことだから、相変わらずアホみたいに暴れ回っていることだろう。
心配なんざ微塵もしてないが、先日、俺宛に手紙が届き、その件について話がしたく、こうしてペンを執った。
差出人の名は、ロロノ



「サンジ!メシー!!」


びく。

ぐしゃ。

ぐしゃぐしゃぐしゃ。
ぱくぱくごっくん。


「サンジ!何ひとりで食ってんだ?ズリーぞ!俺にも食わせろ!」

盛大に咽返るサンジなどお構い無しで、ルフィがサンジの肩を揺する。
慌てて飲み込んだ紙が、今にも口までリバースしそうだ。
ちょっと、涙目だった。

「何だ、コレ」

ルフィが舞い落ちた封筒を拾い上げ、目を通す。

「返せ!」

「オッサンから、手紙来たのか」

「いいから返せ!」

「…なんで食ったんだ?お菓子で出来た手紙だったのか?スッゲー!」

鼻を近づけて中身の匂いを嗅ごうとしたルフィから、必死の思いで封筒を奪い返す。

待て、落ち着け。
ジジィに手紙が届いた?
誰から?
ロロノ

「ああああああ!!」

「な、なんだ!どうしたサンジ!?」

ロロノ、の後に続く文字を、サンジはひとつしか知らない。
その、唯一ロロノ、に繋がる名称を持つ男と、自分はちょっぴりやましい関係だったりもして。
その男が、サンジの実家とも言うべきあのレストランに、手紙を書いた。
一体何を。
何を、ゼフに伝えたかったと言うのか。

「ひゃあああああああ!」

「サンジ!?オイ!チョッパー来てくれ!サンジが死んじまう!」

珍しく動揺した船長の顔など、サンジには目にも入らず。

まさかまさか、あのマリモ。
お宅の息子さんと付き合ってマース(照)         とか。
アンタの息子、アッチの方も最高だぜ!(≧▽≦)b     とか。
結婚させてくださいお義父さん。                  とか。

書いたんじゃあるまいな。

「どぅあああああああああ!」

「どうしたんだサンジ!オレが来たからもう大丈夫だぞ!!」

鼻息荒く医者の顔をしたチョッパーの声すら、サンジには届かなかった。
脳内、大パニック。




「食あたりです」

そう診断されてしまっては、コックの信用問題なのだが。
食ったものが食ったものだけに、コックとしての腕よりも、その雑食加減に関して、一部から大いに信用を失ってしまった。

「なァサンジ、紙は食えないんだぞ」

そんな風に説教されずとも、分かっている。
もしあの便箋が再生紙で出来ていたりしたらどうしよう。
元は誰かが鼻水かんだあとのティッシュペーパーとかだったりしたら、それはもう切ない。
しかし、仕方がなかったのだ。
平和な船上生活の為には、証拠を隠滅するしかなかったのだ。
雑食と罵られることよりも、ロロノ、との関係が表沙汰になることの方が、この際重要だったのだ。
ロロノ、とサンジの関係は、何だかもう暗黙の了解と言うよりも黙殺されているに近い状態なのだが、サンジだけは、この関係がバレていないと固く信じ込んでいる。いや、信じたいと願っている。
だから、あからさまに自分達を関係付ける証拠は残せないのだ。
たとえ格納庫に青臭い匂いがこびり付いていようが、ロロノ、がサンジの実家に手紙を送った事実の方が数倍ヤバいのだ。サンジ的に。

しかしこうなると、気になるのはあの手紙の続きである。
一体ロロノ、がゼフに何を書き、そしてゼフはそれに対して何をサンジに伝えようといていたのか。
あんなオトコとのお付き合いはおよしなさい!とか書かれていたなら、それはそれでヘコむ。
かと言って、いいオトコ捕まえたな幸せになれ、とか書かれていても複雑だ。
でも気になって気になって仕方ない。
出来ることなら口に指を突っ込んで、あの便箋を手元に戻したい。
けれど、喉を通るあの最悪の瞬間をもう一度体験する気にはとてもなれない。
かと言って、このまま下から排出されたものを読む気にはもっとなれない。
となれば残る手段はひとつだ。
ゼフに、もう一度手紙を送ってもらうしかない。
ロロノ、に直接訊くという手段に関しては、その口から何を語られるのかが恐ろしすぎて出来ないからである。

そして、今。
ウソップが考えた替え歌が、船内に大流行している中。
その歌詞通りの行動を、サンジはとっていた。

さっきの手紙のご用事な〜に。

できれば今度は暗号で書いてねジジィ。




「あのアホ、とうとう紙まで食っちまうようになったのか…」

遠くイーストの海で、ゼフは情けなさ満載でサンジからの手紙を受け取った。
育て方が悪かったのか、あの船長だという小僧の影響か。
ガックリ項垂れたゼフの目に、先日届いた件の封書が目に留まる。
差出人は、ロロノア・ゾロ。
魔獣と名を馳せたその男からは想像も出来ないほどの、至極丁寧な文字と文章で。

当船の料理人が、持ち出してきた貴方のクレジットカードを乱用しています。
即刻使用停止を届け出ることをお勧めします。

やっぱり育て方が悪かったのだと、ゼフは地球の果てまで項垂れた。





「やぎさんゆうびん」が好きなだけです。
エンドレスで続く文通。
黒ヤギさん×白ヤギさんの方向で。