全てを、奪って


「ホラ、こっち来いよ」

そう言って伸ばされた手は、甲板にいる私の胸元まで文字通り伸びてきて、麦藁帽子の少年は、目が眩みそうな笑顔でキッチンの前の手すりに腰掛けている。
危ないわよ、とか。
言われなくても行くわ、とか。
言いたいことはあるのだけれど、どれもこの少年の前では無力な言葉でしかない。

彼の笑顔は時々、毒々しいまでに私を侵す。
この船のクルー達はなぜ、彼の笑顔を平気で受け止められるのだろう。
私には分からない。

「もうみんな集まってるぞ」

「ええ、夕食の時間ね」

不思議なことに、私はこの船での生活に極自然に順応してしまって、決められた時間になれば空腹を感じるようになった。
食事というものを楽しみにするようになって、それもこの少年の影響かもしれないと思う。

「今夜は何かしら」

「知らねェ。けどいい匂いだ」

「ええ、いい匂いね」

「お前が来ないとメシ食わせてもらえねェんだ」

「コックさんに言われたの?」

「いや、みんなを代表して呼びに来た」

彼には幾つかの顔があって。
心から笑っているときと、心から笑っていないときと。
笑っているのに笑っていないときと、笑っていないのに笑っているときと。
そのどれもが、私にとって耐え難い凶器だ。
十以上も年下の、まだ多分にあどけなさの残る少年。
それでも彼は、私を脅かすたったひとつの凶器だ。

心が、壊れてしまう。
心が、奪われてしまう。

この船の中でただひとり、彼に誘われずに乗り込んだ私にとって、差し伸べられる手は、何よりも耐え難い。
もし、彼に求められていたら。
どんなに心地良く、どんなに苦しかっただろうか。

「早くしろよ。俺腹へってもうダメだ」

「ええ、ごめんなさいね」

よく日に焼けた、この手を取って。
彼の胸まで飛び込んでいけたら。
どんなに。

「よし、いくぞ」

もう片方の手も伸ばされて、私の両腋を抱え上げて。
そのままキッチンの前まで引き上げられる。
まるで、娘を抱き上げる、父親のように。

「お前、軽いな」

彼は心からの笑顔で、引き上げた私を一度、強く自分の胸元に抱き寄せた。

ほんの、一瞬の出来事。
まるで悪夢のような夢心地。
私という人間を壊して奪う、太陽の薫り。

「さ、メシだメシだ!」

そのまま私の手を引いて。
明るいキッチンへと誘う彼は、なんと獰猛なのだろう。

暗い海を漂う一隻の小さな船。
船長の少年は、こうして全てを照らし、全てを奪うのだろう。

手から手へと浸透する熱が、灼けるように熱い。

私はみんなの前で、いつものように笑えていたかしら。





ロビ誕。
ルフィとロビンが好き。
ルロビじゃなくて。
ルフィと、ロビン。