■想い



あのマユゲ、一体どうなっているんだろう。
もしかしたら病気かな。グルグル病とかいう、未知の病かな。
だったら大変だ。すぐに調べて治してあげないと。

サンジは優しいし楽しいし、強くて格好いい。
オレがコックという職業を知ったのは、この船に乗ってからだったんだけど。
コックの人はみんな、サンジみたいに強くて優しいのかな。
そうじゃなきゃ、あんなに美味しい料理が作れるわけないよ。
それともサンジが特別で、コックとしても特別なのかな。
サンジ以外のコックさんにも会ってみたいと思うけど。
サンジ以外のコックさんの料理は、食べたくない。
だって、サンジの作ってくれる料理の方が、美味しいに決まってるから。

だからね。

もし、サンジが病気なら、すぐに治してあげたいんだ。
オレに出来ることは、それが精一杯だから。
医学書をたくさん調べて。
頑張って頑張って研究したんだけど。
やっぱり、グルグル病なんて、どこにも載ってなくて。
どうしよう。
大好きなサンジが、グルグル病で苦しむのは絶対イヤだ。

でも、サンジは全然元気だな。
今日も朝から海に向かって叫んだりして、無駄に元気だな。
やっぱり、グルグル病じゃないのかな。

サンジは肌が白くて。
蜂蜜色の髪は、ビックリするほどサラサラで。
青い瞳は吸い込まれそうで。
オレは医者だしトナカイだから、人間の外見には惑わされないつもりだったんだけど。
サンジは、すごくキレイだと思う。

そんな中で、あのマユゲだけが妙に浮いてて。
だから、病気なのかと思ったけど。

あのグルグルが、もしなくなったら。
オレは、サンジの好きな部分をひとつなくしちゃうよ。

だから、もう調べるのはやめよう。
ホラ、今日も元気にグルグルしてる、あのマユゲも、すごくキレイだ。






■休息



「サンジくん、少し休んだら?」

夕飯後の静かなひととき。
キッチンで書きかけの海図を広げたナミさんは、差し出したコーヒーカップを受け取りながら、そう言ってくれた。

「洗い物が終わったら、そのまま仕込みに入っちゃって。どうせその後は見張りの夜食を作るんでしょう」

カップを頬に付けて、温かさを楽しむナミさん。
本当に、なんてステキなレディ。

「あなたが何もしないで休んでいるところ、見たことがないわ」

尖らせた唇が、まるで果実のように光った。

「そんなに働きっぱなしで。いつか倒れても知らないから」

薫るコーヒー。
ピカピカのキッチン。
ナミさんとふたりきり。

「倒れたり、しないよ」

そう。
君と過ごす時間が、俺の休息。
そして。

「ナミさんだって、いつも働いてるじゃない」

「…楽しいからね」

そうだね。
この船での仕事は、楽しいね。
楽しかったら、苦痛じゃない。

「コックさんには、料理をしてるときが、一番の休息なのね」

「航海士さんもね」

キミと同じ空間で、一番楽しいことに没頭する。
疲れるわけなんて、ないよ。

「似たもの同士ね、私たちは」

夕飯後のキッチンは。
俺とナミさんだけの、休憩所。






■ヒロイン



思い出すのは、金の髪と青い瞳。
同じものを自分も持っているのだけれど、鏡を覗き込んでも、その面影は追えない。
柔らかくて優しくて、この世の愛を、全て持ち合わせていたレディ。
その身いっぱいで、サンジを愛してくれた最愛の。

「俺は元気だよ」

あなたの瞳のようなこの海で。
あなたに抱かれるように漂っています。

白いカーネーションを海に流す。
花は舞うようにヒラヒラと、波に乗ってどこまでも。

そう、どこまでも。

「愛してるよ、母さん」






■主人公



ルフィはサンジが好きだ。
サンジはサンジだから、イイ。
辛い過去があって、劇的な出会いがあって、命を掛けるほど大切なものがあって。
壮大な夢を前にして、料理と足と、煙草だけを持って海に出た。
それはサンジの物語だ。

サンジはサンジの物語の主人公で、その物語のヒロインは多分ナミだ。
主人公のライバルはゾロで、親友はウソップ。
チョッパーは主人公に癒しを与えて、ロビンは知恵と妖艶さで物語を盛り上げる。

では、自分は?

何とも言い難い立場だ。サンジの物語的に。
けれど恐らく、自分無しではサンジの物語は成り立たない、と思う。
傲慢な考えだが、自惚れではない。それはきっと事実だ。
オールブルーを目指すコックの物語。
そのコックが乗り込む船の船長。
物語として、非常に重要な立場だと思うのだが、うまい表現を思いつかない。
だからサンジに聞いてみる。

サンジの物語。
その中で、俺ってなに?

すると彼は笑って言うのだ。

「俺がお前の物語の脇役なんだよ」

ルフィはやっぱり、サンジが好きだ。
脇役なんかじゃなくて。
ヒロインにしてしまいたいくらい。






■強さ



GM号で一番警戒心の強いのは、恐らくナミである。
彼女は自分が差し迫った危険を回避する力を然程持たないことを知っていたし、血腥いことに関しては鼻も効く。頭も回るし弁も立つ。
そして何より、ナミは自分が女であることを知っていた。
たとえ船の上では同等に扱われようと、女が海賊を営むことに発する危険に変わりはない。
仲間の強さを信じているし、いざとなれば身を挺して守ってくれることも知っている。
しかし覚悟はいつもしていた。
攫われること、慰み者にされること。
殺されればまだいいが、それを凌ぐほどの屈辱の危険が女には常に付いて回る。
裸で転がされようが、犯されようが、海賊としてこの海に身を浮かべる以上、覚悟は必要だった。



上陸を間近に控えた船上で、クルー達は各々呑気に過ごしていた。
そこへ一隻の敵船が近付き、やれやれと重い腰を上げる。
ナミはキッチンへと入り、戦況を見守りつつも、足手まといにならぬようにその身を隠していた。
敵船へはルフィとゾロがすでに乗り込んでおり、船はサンジとウソップ、そしてロビンによって守られている。
チョッパーは怯えていたが、ナミを守ろうと傍を離れなかった。
ナミが自分の身くらい自分で守れることを、チョッパーはよく知っていたが、それでもこの船に暗黙のうちに流れる鉄則が、チョッパーを奮い立たせたようだった。

ナミを、泣かせるな。

それは誰が口にしたわけでもない言葉だったが、長くこの船に乗っていれば自然と分かる、この船唯一といってもいい制約だった。
大事な航海士で、彼らにとってナミは航海する上での命綱だった。
指針がルフィだというのなら、ナミは船を根底から支える『非戦闘員』なのだ。
何が起ころうとも、誰か一人でも無事で船に残ったなら、彼女の力を必要とする。
そのために、彼女を絶対に傷付けてはならない。
それに。
クルー達は皆、ナミが好きだったから。
彼女の心や身体を傷付けるものは、徹底的に排除する。
同じ女であるロビンでさえも、どこかでその鉄則を感じ取って、ナミを守ろうとするのだから。
だからナミは文句も言わず、今後の船のために、生き残ることを第一としていた。
爆音が聞こえる。
ウソップが大砲を発したのだろうか。
途端に静まり返った外の様子を見ようと、チョッパーがキッチンの扉を開けた。

「終わったみたいだ、ナミ」

その言葉に、漸く自らも外に出る。
いつもながら大した手際だ。
普段は何の役にも立たない船長と剣士が、雄雄しく敵船から帰還する。

「もう大丈夫だよ、ナミさん」

甲板から笑うコックの顔には一筋の血が流れていたが、それすら足元に転がった無数の人間の返り血であるに違いなかった。

「ご苦労様。ああ、もう騒がしいったらありゃしないわね」

「お茶を淹れるよ。ウソップ、ここの片付けヨロシク」

軽やかにキッチンまでやってきたサンジは、そのままナミの横を擦り抜けて、彼の本来の持ち場へ帰ろうとする。
その彼を呼び止めて、頬にこびり付いた血を、ナミは拭ってあげた。

「ダメよ、サンジくん。コックさんの顔をする時に、こんな物騒なものつけてちゃ」

サンジは気付かなかったと詫び、ナミの手に付いた血を、ハンカチで丁寧に擦った。

その手が、まだ戦いの熱気を残していて。

戦闘員であり、そして同時に非戦闘員でもある彼を、羨ましく思った。

自分に、もう少し力があったなら。
そう思わずにはいられなかった。

「おーいナミ!大漁だぞ!」

海賊らしく、敵船から奪ってきたお宝を手に笑うルフィも。
傍らに立つゾロも。
微笑むロビンも。
そして甲板に転がる敵船の乗組員を片付けるウソップや、それを手伝うチョッパーも。
全員、ナミを守れた誇らしさに満ちていた。
そんな彼らを、ナミは誇りに思う。

「ロビンちゃんも上がっておいでー!野郎ども、茶が入ったぞ!」

叫ぶサンジは、もうあの熱気を纏っておらず、すっかりコックの顔をしていた。

触れてみた手は、冷たかった。

「ナミさん?」

彼もまた、守られるべき非戦闘員なのに。
この違いは何なのだろう、とナミはやっぱり羨ましく思うのだった。

私にもう少しだけの力があったなら。
あの、血が沸騰するような瞬間に立ち会えるのに。

余計な覚悟などしたくない。
不必要な警戒などしたくない。

ナミは幾分の妬みを込めて、コックの手を握り続けた。






■未来



笑って、サヨナラしよう。
夢を見た日々、冒険の旅、交し合った約束。

お前は、いつか言った。

俺たちの行き先は違う、と。

それでも、同じ船に乗り、同じ夢を見た。
若くて、青臭くて、あまりにも鮮烈だった日々。
行き先は違っても、行く道は同じだった。
寄せ合った信頼と体温は、刹那に流されたものなんかじゃなくて。

今も、この胸にしっかりと生きている。

なァ、覚えてるか?
初めて、出会った日のこと。

俺もお前も、まだハタチ前だった。

バカみてェに張り合って、ケンカして。
ふたりで酌み交わした酒の味、今も舌に残る。
話すことなんか何もなくて、でもひとりじゃいられなくて。
そんなとき、お前は最高の相手だった。

俺の夢と、お前の夢。
たった一瞬だけ、交わったな。
この小さな船で、同じように揺られて、交わったな。

そして、今。
再び道は違える。

最後だから、言ってやってもいい。

なァ、また。

また、会おうぜ。

いつか、また道は交差する。

そう、思っててもいいだろう?

だから、お前はお前の道を行き、生きろ。
背中を向けて、互いに歩き出そう。

鮮烈だった日々に。
笑って、サヨナラしよう。

大丈夫さ。

ボロボロでも、お前はまだ。

翔べる。



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