拝啓、最果てより


電伝虫が鳴ったのは、ちょうどランチを終えて、ディナーの仕込みをしていたときだった。

サンジの店は場所が場所なので、訪れる客は決して多くはない。
けれどその少ない客達は、みんな一様に満足気な笑顔で食事をして帰っていく。
だからこの店が有名になるのも、そう遠い未来のことではないはずだ。

本日のメインは、超近海もののブドウエビ。
こんな珍しいエビでさえも、この奇跡の海には、網ですくえるほど生息している。
コックの楽園、オールブルー。
高々と旗を掲げ、海上レストランバラティエ"S"は営業中である。

滅多に鳴ることのない電伝虫の突然の呼び出しに、サンジは不覚にも吃驚した。
しかしすぐに立ち直ると、ウチの店もとうとう予約が入るようになったか、と内心浮かれて受話器を取った。

「はい、バラティエ"S"。ご予約で?」

スマートさを装って、その実結構ウキウキである。
ペンを片手に、記念すべき予約第一号の声を待つ。

『…クソレストランじゃねェのか』

「あ?」

クソレストランといえばクソレストランですがお客様。
どこかで聞いたことがある声なんですがお客様。

『俺だ』

お前か。
サンジは右手に持ったペンで、メモ用紙にでっかく「マリモご来店」と書いた。
それにしても名乗らないとは不届き者め。
少し動揺した自分を諌めようと、サンジはゆっくり煙を吐いた。

「オレ様ですか?」

精一杯嫌味たらしく言ったつもりだったが、如何せん声が笑ってしまった。
マリモと言えど、懐かしいには違いない。

『そこで働いてる金髪のアホコックに伝言を頼みてェ』

てっきりルフィたちも一緒かと思ったが、どうも違うらしい。
ゾロが自分に用事なんて、珍しいこともあるものだ。しかも電伝虫使ってまで。
まさか喧嘩を売ってるわけでもないだろうから、何事か船に起こったのかもしれない。
しかしゾロの声が、切羽詰っている感じでもなかったので、その軽口に乗ってやることにした。

「世にも美しい金髪の料理長ですね?承りましょう」

『お前のメシ、いつも美味かったってよ、伝えてくれ』

驚いた。
ただ、驚いた。

「…オウ」

それだけ返すのが精一杯なほどに。
だって自分とこの剣士は、寄れど触れど喧嘩になった相性の悪さで。
長い旅の間、一度たりとも、料理を感謝されたり、褒められたことなどなかったのだから。

『それとよ、また必ず顔出すから、それまで元気でやれってよ』

ジワジワ、嬉しさが込み上げて来る。
何だよコイツ、可愛いところあるじゃねェかとさえ思ってしまう。

「…伝えとく」

『それだけだ。こっちもみんな相変わらずだ。じゃあ、な』

「おい!」

唐突に来て唐突に切られる電伝虫。
結局、彼が伝えたかったのが何なのか、サンジには分からずじまいだ。
まさか本当に「美味かった」と言うためだけにかけて来たのだとしたら、あの剣士にどんな心境の変化があったというのか。
まさか変なもの食って、死ぬ間際とかじゃなかろうなと疑って、必死にゾロを呼び止めた。

『俺は"オイ"様じゃねェぞ』

その声が。
ちょっと、聞き慣れない感じに、いい声だった。
低くて、少し掠れていて。
笑いを含んだその声は、何故だかサンジの耳にジンと残った。

「…ゾロ」

名前を、呼ばずにはいられないほど。

『…ああ』

「ちゃんと食ってるか?」

変なもの食ってないか?
お前様子がおかしいぞ?
みんなは?
なんでお前がかけて来た?

聞きたいことがありすぎて、考えがちっともまとまらない。

『心配すんな』

「あのよ、なんでテメェが…」

プー、と。
小銭切れの警告音。
どうやら相手は、公衆電伝虫からだったようだ。

「ゾロ?」

『またかける。もう金がねェ』

「あ?…ああ」

また?

『またな、サンジ』



サンジ?



何だか、訳が分からないような、どうでもいいような、物凄く重要なような、そんな会話だった。
耳に残ったゾロの声が、サンジの名を呼ぶ。
あんなに長い間一緒にいて、一度も呼ばなかったくせに。
何で今更。

「やっぱマリモは理解できねェ…」

受話器を置いて、サンジは愛しのブドウエビの元へ戻った。
赤い殻を剥くうち、剣士の声は綺麗さっぱり消えてしまった。
サンジにとっては、遠くのゾロより近くのエビである。

そのころ、遠く離れたとある島で、マリモ頭の剣士が顔を赤くしてニタニタしていたことを、サンジは知らない。

今日も、海上レストランは営業中。




微妙な感じでやっぱり片想い。
サンジサイドは非常に書きやすい。