最果てからのスタート


こんなときに気付くなんて、我ながらどうかしている。



サンジが甲板に並ぶ仲間達に向けて微笑む。
これが料理人と最後の別れだ。
目の前に広がる限りない青。
ここは、コックが夢にまで見たオールブルー。

着いて初めて、白いコックコートをサンジは纏った。
その姿を、ゾロは誇らしく思う。
いつもの少し猫背気味な黒いシルエットよりも背筋が伸びて、正に彼は彼の正装をしているのだ。
料理人は、たとえどんなに海賊に染まろうと、その本質を変えない。
とてもよく、似合っていた。

たくさん喧嘩をして、罵り合って。
数え切れないくらい背中を合わせて戦い。
静かに杯を交し合った夜もあった。
ゾロにとって、クルーひとりひとりが特別であるように、コックもまた、特別な存在だった。

同じ年に生まれ。
同じ船長を愛し。
同じ経験を分かち合った。
かけがえのない友。
得難い仲間。
ゾロの血肉を作り続けた料理人と、ここで別れねばならない。

「じゃ、俺行くわ」

予想に反して、サンジはナミやロビンに向かって泣きも喚きもしなかった。
オールブルーという女神に、心底惚れてしまったのだろう。
彼は今、満たされた安らぎと、新天地への期待で輝いている。

「元気でな、サンジ。メシ、必ずまた食わせろよ!」

ししし、とルフィが笑えば、サンジもまた笑って、オウ、と頷く。
そして、頬に口付けを。

「愛してるぜ、船長」

そしてナミに、ロビンに。
その手を取り、跪いて甲に祝福を。

「どうか幸せに。俺のレディ」

「サンジくんも」

「コックさんも」

そこには、別れの悲しみも、再会の約束もなかったけれど。
微笑み合う顔は、どれも信頼と愛情に満ちていた。

「お前ら、しっかりな」

チョッパーを抱き、ウソップを抱き締め。
泣くまいと歯を食いしばっていたチョッパーは、一粒だけ涙を落として、けれど笑った。
強くサンジを抱き返したウソップの目にも涙はなく。
ただ腕に込められた力だけが、彼の想いを伝えていた。

「サンジ、無理しちゃダメだぞ」

「寂しくなったら俺様がいつでも飛んできてやるからな!」

笑って、愛を交わす。

そして青い目が自分に向けられると。
ゾロは途端に、彼に対して掛ける言葉が見つからない自分に気が付いた。
長い時間を共に過ごしたはずなのに、彼のことをあまりにも知らない。
知っているのは、料理の味と蹴りの強さと。
口の悪さと目付きの鋭さと。
そして、ほんの少しの優しさだけ。

もう二度と会えないなんて思わない。
けれどまた会おうなんて約束はしない。

笑って別れるには、自分達は理解が足りなさ過ぎた。

それでも、この彼が元気でいればいいと思う。

「それ、似合ってる」

口から突いた言葉は、そんなどうしようもないものだったけれど。
サンジが嬉しそうに、照れ臭そうに笑ったので、ゾロは安心した。

「取って置きのコックコート姿だ。目に焼き付けとけ大剣豪」

サンジの拳がゾロの胸を叩く。
その拳を手のひらで強く包んで、ゾロは言った。

「しっかりやれ」

「テメェに言われなくても、な」

なんて。
なんて穏やかな別れ。

「じゃあな!」

梯子も使わずにコックは降りる。
長く強く、愛したこの船を。

「じゃあなー!」

「元気でなー!」

「また来るから、サンジくん!」

遠ざかる白い浜辺。
そこに立つ細いコックコート。
風に揺れる髪、この海と同じ青い瞳。

船を追い駆けるように紡がれる、白い煙。



「おい、ナミ」

どんどん小さくなる料理人から、目を離せない。

「ヤベェ」

明日から。
いや、今から自分は。

「もう船、戻せねェのか」

あのコックがいなくなったこの船で、どう生きていけばいいのか。

「無理よ」

「無理か」

「風は追い風。アンタは気付くのが遅すぎた」

「…だな」

まさかこんなにも。

まさかこんなときに。

好きになったなんて。



「よーし!行くぞ2周目!!」



リヴァースマウンテンの麓、双子岬。
旅の終わりと始まりの地にあった、限りない青。

もう一周して戻ってきたら。
あの料理人を攫ってみようか。






「オールブルーは双子岬」説を採用。
個人的にはリヴァースマウンテンの頂上にあったら楽しいと思う。

つーか、ゾロサンだよ!初めて書いたよ!(オイ)