やけっぱち妄想狂 ( パラノイア)


何だかおかしなものを食ったらしい、とコックに告げた。
一秒後には海に蹴り落とされ、チョッパーとウソップの悲鳴が聞こえた。
日頃から俺の手渡したもの以外は口にするな、とコックから犬並みの躾を受けちゃいる。が。
生憎野生に生きる俺には、言いつけを守れない状況も存在するわけで。
久々に上陸した町外れで思わず口にしたあの果実が、どうも良くないものだったらしいのだ。
コックの制裁を覚悟で真剣に相談したのにこの仕打ち。
よくよく考えてみれば、相談相手を間違っていたのだ。
何でもすぐにコックに持ちかけるこの癖をなんとかせねば。
そう思い直して、船に這い上がった先にちょうどいた、怯える船医を捕獲した。

「な、なんだなんだゾロ!?蹴ったのは俺じゃないぞ!助けてウソップ、タスケテェェェ」

煩いトナカイの角を鷲掴み、そのままズルズルと船室まで引き摺っていく。

「チョッパァァァ…」

遠くなるウソップの声を、俺は精一杯、努めて無視した。
…クソ、類稀なる美声だぜ…まるでカナリアだ。





「ゾロ、俺は仲間として、船医として忠告するぞ。お前はもっと人の扱いをソフトにするべきだ!」

船室に下り、相談があると告げた俺に、急に強気になったトナカイがプリプリと小言をかます。
コイツは7段変形の他にもうひとつ、船医ポイントがあるんだなァと思った。

「で?どうしたんだゾロ。相談だなんて珍しいな。カウンセリングはいつでも受け付けるけど…」

チョッパーが俺のカルテを取り出す。
覗き込むと、ミミズののたくったような文字が羅列されていて、その中で一言「バケモノ」という文字だけを解読できた。

「ゾロ?いいんだぞ、俺は医者だからな。どんな言い難いことでも安心して相談してくれ。水虫か?インポテンツか?あ、まさか包茎手術の相談か?いいぞ。アレなら得意だ。術後すぐに普段の生活が出来るようにしてやるからな」

ジロジロ俺の股間を覗き込みながらそう言うので、俺は黙ってズボンと下着を下げた。

「やっぱり…ってお前ソレ、ズル剥けって言うんだぞ!!」

「ああ。幸いなことに不自由はしてねェよ」

「…とにかくソレは仕舞ってくれ」

書き込みかけたカルテに大きくバツをし、チョッパーは再度俺に向き合う。

「で?」

「ああ…実はな」

俺は町外れで食った果実のことを、事細かに船医に話した。



アレは甘い味がした。
丸二日も船に辿り着けずに彷徨っていた俺は、哀しいほど腹が減り。
茂る木々の中に見つけた、黒光りする果実を、多少の後ろめたさと共に口に放り込んだのだ。
噛むと果汁が口一杯に広がって、ああ、これが「ジューシー」って感じなんだなァと思った。
子供の頃食った「ジューシー」って名前のラムネを思い出したが、アレは全然ジューシーじゃなかった。寧ろパサパサだ。

「関係ない話はしなくていいぞ」

…その実がとても美味かったので、俺はその果実をもう2コ、腹に収めた。
そして。
その日の夕方、ようやく船に帰り着いた俺は。
何か、堪らない感じになってしまったのだ。
ああ、可愛い。
むしゃぶりつきたい。
なんてセクシーなんだ。
それははっきりと、欲情と呼べるものだった。
俺には、生意気でアホで脳味噌2gのコックという恋人がいたが。
アイツのことはまだ好きで、大好きだけど。
…不実な俺を許してくれ。
新しい恋に身を焦がす、情けない俺を笑ってくれ。

「要するに」

「あァ…」

「ウソップが好きで堪らない、と」

「…オウ」

チョッパーはイヤそうな顔をして、カルテに「バカ」と書いた。

「その実が原因なのか?」

「多分な。それまで俺は、コック一筋の男だった…」

「あ、そう」

「あの長い鼻、黒い縮れた髪、つぶらな瞳に長い睫…。特にイイのはあの唇だ。サイコーだ」

「へー」

カルテには更に、「バカ」の前に「大」という字が書き足される。

「その実の実物、あるか?」

「いや、全部食っちまったんだ。現場に行きゃまだあるだろうが」

「探してくる。どの辺だ?」

「…さァ…」

船医はカルテに「致命的大バカホモ」と書き連ね、俺の腕を引いて、船室を出た。



船医に呼ばれたコックとウソップが、居心地悪そうに俺の前に整列した。

「そう。あ、ウソップもう少しゾロに近寄って」

「何なんだよチョッパー。俺鍋かけっぱなしなんだけど」

「大事なことなんだサンジ」

「今夜の夕飯よりもか?」

「夕飯よりもだ」

金髪と黒髪が俺の前で揺れる。
眩しすぎる。
どっちかっていうと、黒髪が、だ。

「おいゾロ、どうだ?」

「…ウソップだ」

指名されたウソップは、目を泳がせながら、これから何が始まるのか分からない恐怖に打ち震えていて。
クソ、そんな姿も堪らなくプリティだ。
対するコックは凶悪な顔を更にチンピラまで進化させて、俺にメンチ切ってきやがる。
どうしてお前はそうなんだ。
愛が試されているこの瞬間に、どうしてもっと可愛くできねェ。

「ウソップの圧勝だ」

「そうか…」

やや肩を落とした船医は、ゴメンネと言いながらコックに残念賞の栄養剤を渡して、その場を引き取らせた。
コックはアホなので、それ以上の追求をせずに栄養剤を水もなしに飲み込んで、かけっぱなしの鍋の元へ戻っていった。
お前は愛より鍋か。
ならば俺も、お前より長っ鼻だ。

「ウソップ、大事な話がある」

船医は気の毒そうな顔をして、ウソップに告知した。
曰く。

「ゾロがお前に惚れちゃったんだ。それは多分ゾロが食べた変な実のせいだと思うんだけど、実物がないからまだ検証できてない。俺はこれからその実を捜しに行くけど、ゾロに変なことされても我慢してくれ。それと、くれぐれもサンジには内緒だぞ」

ウソップが、泡を吹いて倒れた。
そのまま襲っちまいたいが、愛に目覚めた俺は優しいので、ウソップをそっと抱きかかえて船室に下りてやった。

目を覚ます前に既成事実を作ってやろうとも思ったが、俺は踏みとどまった。
剣士たるもの、二股はいけない。
まずアイツとの関係を清算せねば。
ウソップと新しい愛を築くのはそれからだ。

「待ってろ、すぐにお前だけの俺になってやる」

白目剥いた瞼に口付けて、その黒髪に指を絡めた。
あの金髪の手触りも捨て難いが、このラテンの魅力には勝てねェ。
さらば金髪。
さらばアホコック。
恨むなら長っ鼻に生まれなかった自分を恨んでくれ。



別れ話を切り出すため、俺は敵陣に乗り込んだ。
何も知らないコックは栄養剤のためかやたらとハイで、元気な人間が無駄なエネルギーを使いまくるというバカの手本みたいな姿をしていた。

「なんだクソマリモ。腹減ったのか?」

声がデカイ。無駄なエネルギーだ。
でも優しいのだ。このアホ眉毛は。
姿を見れば、どんなにアホでもやっぱり可愛いし、愛着も湧いた。
長年培ってきた愛情は、そんなに簡単に消えはしない。
だが、俺はきっぱりとコイツを切るのだ。
ウソップに感じる激情。
これから始まる愛欲の日々。
さらばさらばコックよ。願わくばまた、フツウの仲間同士として接せられたら。

「どうした、ん?マリモちゃんはお昼寝中ですか?」

声がデカイ。
元気なのはいいことだ。
これからもどうか元気でいてくれ。

「話がある」

「…ああ、俺も実はある」

そう言ったコックは、どこか悲壮感が漂っていて。
聡いコイツのことだ。もしかしたらどこかで別れを予感したのか。

「先に俺から言う」

「いや、俺だ」

「俺の方が重要な話だ」

「いや、俺の方が重要だ」

押し問答の末、言ったもん勝ちだと思い、俺は一息に別れの言葉を投げつけた。
そして同時に。
別れの言葉を投げつけられた。

「「別れてくれ」」



「「あ?」」





チョッパーがようやく問題の実を見つけ、島中に尋ねて回ったところ、それは最近発見された悪質な性質を持った果実で、そうとは知らない八百屋が未だ甘くて美味な果物として売っていることを知った。
人体に害はないが、どうも、その。
長いものに異様な執着を覚えるらしいのだ。
何となく嫌な予感がして、チョッパーは街中の八百屋に販売差し止めを請い、急ぎ船へ戻ったのだが。
そこで繰り広げられる光景に、何かもう、どうでもいいやアハアハアハ、という気になった。



「お前なんかにウソップを渡して堪るかアホコック!」

「何だとこの甲斐性なし!テメェなんかにウソップが幸せに出来ると思ってんのか!」

「俺は世界一になる男だ!ウソップも本望だろ!」

「だからテメェは甲斐性がねェって言ってんだよ!俺ならアイツを幸せに出来る!この腕一本で、静かな村に小さなレストラン建てて、そこで仲睦まじく暮らすんだよクソ野郎!」



「「あの長い鼻だけは、渡せねェんだよ!!俺と別れろ!!」」



キッチンの片隅に、食べかけの例の実が転がっていた。
二人の足元には、ピクピク痙攣するウソップが転がっていた。

どっちの方がいい条件かなぁ、とチョッパーは遠い目をして彼を見た。
どちらかといえばサンジの方が甲斐性がありそうだが。
もうどっちでもいい。ていうかどうでもいい。
彼が幸せであるならば。
だからチョッパーは、ウソップを起こさないよう、そっとその場を後にした。




何コレ?