明け方に見る夢


みんなとケンカする夢を見た。

夢の中のナミはひどく怒りっぽくて、俺が何を言っても腹を立てて俺を殴った。
夢の中のサンジもいつもよりずっと短気で、俺が盗み食いをしようと思い付いてすぐに、大声を出しながら腹を蹴られた。まだ実際に盗み食いをしたわけじゃなかったのに、だ。
ナミに殴られてサンジに蹴られても、俺はゴムだから全然効かない。
だから心配して寄ってきたチョッパーを「大丈夫」と追い払った。
するとチョッパーは突然泣き出して、俺を詰る言葉をたくさん吐いた。
困っているとゾロが来て、チョッパーを庇いながら俺を睨んだ。
見渡してみると、いつの間にかロビンもウソップも俺を取り囲んでいて、みんなが俺を睨んでは罵った。
悲しくなるより、腹が立った。
俺は船長なのに、誰も俺の言うことなんか聞いてくれない。
俺は船長なのに、誰も俺の味方になってくれない。
頭に来て、お前らはいつだって俺の思い通りになっていればいいんだ、と叫んだ。
そしてウソップに殴られたところで、目が覚めた。



「オウ、船長。お早いお目覚めで」

キッチンへ行くと、サンジがそう言って少し驚いたように笑った。
時計を見ると、俺がいつも起きる時間より2時間も早い。
毎朝キチンと身支度をしてみんなをキッチンで出迎えるサンジは、まだ起きたばかりのようで、髪に寝癖が残っている。

「水」
「あいよ」

すぐに出されたのは、俺が好きなサンジのレモン水だ。
甘くて酸っぱいのに、すごくスッキリする。
サンジはそのまま俺を放置して、キッチンを出て行った。多分、洗面所で顔を洗うんだろう。
レモン水はいつもの味で、サンジもいつものサンジ。
コップのそれを飲み干して、もう1杯、勝手に自分で注いで飲んだ。
やっぱり、サンジが淹れてくれたヤツの方が美味い。
明け方の船はとても静かで穏やかだった。
不思議と腹は減ってなくて、喉ばかりが渇く。
早くみんなが起きてくればいいと思う。

「サンジー、コーヒー貰えるかー」
「よう、ウソップ」
「オワ!ルフィかよ、今朝は随分と早ェな」

見張りのウソップが眠たげな目を見開いて俺を見るので、俺はひどく安心した。
いつものウソップだ。俺を殴ったりしないウソップだ。

「ちょうど良かったぜ、お前ェ。渡すモンがあるんだ」
「俺に?」
「ちょっと待ってろ」

そう言うとウソップは、キッチンを出て、見張り台へ踵を返す。
入れ替わるようにサンジが戻ってきて、キッチンの前でウソップと軽く朝の挨拶を交わした。

「お待たせ船長。朝飯は何がいい?」

サンジは何故か上機嫌で、いつもは献立の希望なんか俺に訊いてはこないのに、今朝に限ってそう言った。
サンジは俺が「腹減った」「肉」と言うのを待っている。
だけど今は腹など減ってない。あれば食うけど、なければそれで構わない感じ。
でもそう言えばサンジがガッカリするのが分かっているから。

「にく」

期待通りの答えをサンジに渡す。
するとサンジは仕方がないといった風情で苦笑して見せて、嬉しそうに調理台に向かった。
俺はサンジの思い通りになるし、サンジは俺の思い通りになる。
それは強制とか無理強いじゃなくて、お互いの心の中が分かっているから出来ることだ。

「待たせたなルフィ!これ、見張りの間に徹夜で作ったんだぜ!」

そこへバタバタとウソップが戻ってきて、大きな包みを俺に差し出した。
何だろう。ウソップがくれるものは、いつも俺を嬉しがらせるから、楽しみだ。

「テメェちゃんと見張りしとけよ」
「してたさ!しながら作ったんだよ!」
「どーだか」
「サンジ、俺様を舐めるなよ!俺様は一度に2つのことどころか、3つも4つも違うことが出来る超合理的器用人間なのだから!」
「へーへー」

背を向けたままのサンジは、言葉とは裏腹に、声が笑っていた。
言い返すウソップも、心外そうな表情を作りつつも楽しそうだ。

「開けてみろルフィ」

言ったのはサンジで、ウソップはちょっと照れ臭そうに軽く笑いながら頷いていた。
包みはナミが服を買ったときに入れてもらった紙袋を繋ぎ合わせて作ってあるらしく、その継ぎ合わせ方もウソップがこだわって作ったのが分かる出来だった。
できるだけ丁寧にそれを剥がして、中から出てきた大きなキャンバスを取り出した。

「俺様会心の作、海賊王ゲームだ!」

キャンバスには手書きのすごろくと、俺の顔をしたコマが7つ。
スタートはフーシャ村で、途中でゾロが仲間になったり、ナミが船を盗んで逃げたり。
肉の印に止まるとボーナスでパワーがプラス10、とか。
俺を主人公に、ゴールの海賊王になるところまで。

「あ?なんだこりゃ。人生ゲームじゃねェか」
「ただの人生ゲームと侮るなサンジ!俺が心を込めて丹精に仕上げた逸品だ!」
「お、コックとか大剣豪のゴールもあるじゃんか。…なんだコリャ、プータローのゴール?」

サンジは、海賊王になれなきゃ確かにコイツはプーになるしかねェ、なんて大笑いしながら、俺の肩を組んだ。
なんだ、これ。
すごく、すごく温けェ。

「ルフィ、誕生日おめでとう!」
「おめでとさん、船長」


「誕生日…俺の?」


「そうさ。だからお前早起きしてきたんじゃねェのか?」

カレンダーは、5月5日。
今まで自分の誕生日を忘れたことなんてなかったのに。
海に出るまでは、早く海賊になりたいと、年を取る日を指折り数えて。
なのに海に出た途端、日付も年も、どうでもよくなってた。

「おはよう。あらルフィ、早いのね。お誕生日おめでとう」
「今日は船長さんのお誕生日なのね。おめでとう」
「ルフィ!誕生日なのか!?船長の誕生パーティはスゴそうだな!おめでとう!」
「…アア、今日は5日か。めでてェな」

ナミが。ロビンが。チョッパーが。そしてゾロも。
いつもの通りだ。いつもの顔で笑ってる。
みんなが起きてきて、騒がしくなったキッチン。
俺が大好きな場所。

「サンジ!腹減った!肉!!」

俺の言いなりになる手下なんかいらない。
俺はこいつらの思い通りになるときもあるし、こいつらも俺の思い通りになるときもあるけれど。
そうじゃないときがあっても、いい。
俺が道を間違ったときに殴ってくれるこいつらで、よかった。


明け方の夢は正夢になるって、昔酒場で聞いたことがあった。
それがもしも本当で、いつか、あんな日が来ても。
こいつらを選んだ俺は、やっぱり幸せなのだろう。


船長最愛。