海のコックの詩 |
世界一の料理人と呼ばれるよりも、海賊王の料理人と呼ばれることをサンジは好んだ。 立ち寄る島の富豪や王族達に欲しがられることは日常茶飯事で、けれどどんなに良い条件を提示されようが、どんなに良い厨房を用意されようが、サンジの気持ちが動くはずもない。 食いたいやつには食わせてやる。 けれどそれは島に留まっている間だけで、海賊王が「行くぞ」と言えば、サンジは従い、誰のものにもならない。 そう、この腕は海賊王に捧げた腕。 そんなサンジの姿に、いつしか彼を称える詩が作られた。 そのコックは海のもの 与えることを歓びに 彼は一切を受け取らず 天地を統べても 金銀堆く積み上げても そのコックだけは手に入らない そのコックは海のもの 手に入れたくば 海を制し この世の全てを手に入れよ 「…この詩、テメェが作ったろウソップ」 「あれバレた?」 「行く島行く島で俺のウソ話を布教活動してんのもテメェか!」 「やー、今や伝説のコックであるお前のこと知りたがる人間が多くてよォ、俺様のサービス精神が、つい」 あの日、あの嵐の中。 たった5人でグランドラインへ入ったのは、もう10年も昔。 あどけない船長の少年が紆余曲折の末海賊王になっても、冒険はまだ続いている。 あの頃とは比べ物にならないほど船は大きくなり、仲間も増えた。増えすぎだ。 ルフィの名は世界に轟き、ゾロの名も世界に轟き、サンジの名まで轟いていて、ウソップの名もちょっぴり轟いていたりする。轟きまくりの入れ食い状態である。 いつしか増えすぎた仲間は、もう名前も覚えられないほどで、1年ほど前にナミが便宜上チーム分けをした。 船長はもちろんルフィ。サンジはコックたちを束ねる料理長。優秀な医療チームはチョッパー船医長に率いられ、航海を一手に引き受ける航海士たちの頂点に立つのは無論ナミ航海士長である。ちなみに彼女は経理部長も兼ねている。 そこまでは、いい。 そこまではいいが、ゾロが特攻隊長とか、ウソップが親衛隊長とか、ロビンがレディスのアタマとか、何かそんな感じになっているのは何故か。 ひとえに考えるのが面倒になったナミのせいだ。 と、そんな感じで麦わらの一味は今日もグランドラインを踊るように漂っている。 「あのなぁウソップ、俺は何度も何度も船を降りようとしたんだぜ?」 「ああ、知ってるさ。お前ェが直径1メートルの圧力鍋のエサに引っかかりそうだったのも、麗しいお姫さんにウルウルされて絆されそうになったのも、みんな知ってる」 「オールブルーだって…俺は感動的に船降りて、あそこで小さなレストランを…!」 「ああ、ああ、知ってるともよ。だがお前は降りなかった。何故だ?」 大人数の食事をサンジひとりで捌くのは物理的に不可能で、そこは部下のコックたちを上手く使って手際よく、クルー全員に最高の料理を提供する。 けれど船長の食事だけは、毎食サンジがひとりで手がけている。 船長命令なのだ。逆らえば…別に何もないが、逆らうのもアレなので。 「…ルフィの野郎がそのたびに邪魔しやがるんだ!」 「ああ、ああ、そうだ。ルフィがお前を手放さない」 海賊王になったルフィは、サンジよりも遥かにデカくなった。 瞳は少年のまま、なんて聞こえはいいが、いい加減あのデカさでグルグル巻き付かれると、そのうち窒息するような気がする。 「俺はルフィのコックでいるのに不満はねェけどよ…でも、俺にだって俺の人生が!」 「あーあー、そろそろナミでも口説き落として、どっかの島で落ち着きてェお年頃だよなァ」 「そうだ、ナミさん…なんで10年も好きなのに振り向いてくれねェんだ…」 「大の男がハナミズ垂らして泣くなよ汚ねェな」 自分によく懐いた海賊王を、可愛く思わないでもないが。 海賊王の命を握るこの腕を、誇りに思わないではないが。 「…いい加減、毎日毎日牛10頭捌くのに疲れました…」 自慢の金髪に白いものを発見して、それはもう落ち込んだ。 料理も好きで、海も好きだ。ルフィだって大好きだ。 でも。 「俺はルフィの賄い婦じゃねェんだよォォォ!!!」 そんな料理長に、勇敢なる嘘つき親衛隊長は優しく肩を叩く。 「そんなお前の生き様を、当社比5万倍に美化して世間に流してやったんだ。感謝しろ」 「料理長〜!船長がお呼びですぜー!」 海賊王はうっとりするほど逞しく、けれど無邪気に笑って、今日もサンジを求め続ける。 「サンジー!メシーーー!!!」 そのコックは海のもの いつまで経っても海のもの 逃げたくても逃げられない 腹を空かした海賊王に骨までしゃぶられ 可愛い嫁さんも ささやかな夢も みんな海の藻屑となって 来る日も来る日も肉ばかり そのコックは海賊王のもの |