愛が生まれた日


サムライブーム醒めやらぬ夜の甲板。
俺様は見てしまったのだ。
裸で抱き合う、コックと剣豪。
息絶え絶えな金髪と。
鼻息の荒いマリモと。

ありえない愛が、生まれてしまったのだろうか。




ゾロが、俺とサンジの秘密の遊びに参加するようになったのは、極めて最近の話だ。
参加といっても、ゾロ本人にその自覚があるのかは定かでない。
ヤツは偶然発見した、木刀を振り回す物騒なコックの姿に、見ていられぬ様子で指導に乗り出しただけなのだ。

そんな使い方じゃ手を痛める、と。

コックの手は、俺たちみんなの財産で、宝だ。
ゾロにとっても、どんなに普段ソリが合わなかろうが、その事実は変らない。
剣士の強靭な肉体を支えているのは、偏にトレーニングの賜物と。
コックが作る、極上の食事。
だからこそゾロは、サンジに夜な夜な剣術を指導する。
なぜコックが突然木刀に目覚めたのか、は追求してこない。
ゾロにとっては多分、些細な理由よりも、危なっかしいその手付きの方が重要だったのだろう。

斬られ役の俺の出番はまだ先になりそうで。
俺はその夜、見張り台の上から、いつものように剣を交えるふたりを見ていた。

「やー」

「ダメだ、もっと腹の底から声出せ。剣は心技体。最も重要なのは心、だ」

「たー」

「ダメだダメだ」

プルプルと横に振られるマリモ頭が、夜の甲板に浮かび上がる。
思わず脱力しそうなコックの掛け声が、控えめに海に響いていた。
ウラァ!とか。
コルァ!とか。
巻き舌気味で発する掛け声は得意なくせに。
何だ、その「やー」は。ゾロでなくとも首を振りたくなる。
けれどコックは至極真剣で。
いつもなら、マリモが俺に指図すんな、と速攻でキレてもいい状況なのに、まるで真面目な門下生よろしくゾロの教えを受け入れている。
これは多分。
サンジの中で、「道場の老師に教えを請う自分(サムライ)」ごっこになっているに違いない。
目の前のマリモはマリモではなく、剣を極めた達人という設定なのだろう。

「とー」

プルプル。
老師はダメを出し続ける。

「お前はもう少し、精神修行してから剣を取った方がいい」

ハイ、老師!…とは言わなかったが、そんな顔つきでサンジは素直に頷いた。

「いいか、武道は全て心技体だ。そのうちのどれも欠けてちゃならねェ」

そんなゾロの説教が始まったところで、俺は猛烈に眠気を感じてしまって。
取りあえずあのふたりが起きてる間は、見張りも必要なかろうと。
その場で気持ちよく、うたた寝を開始してしまった。

そして、今。

俺が寝ている間に何がどうなったのか。
老師とサムライ(仮)が。

「ン!ンンンンンン!!」

「ハァ…ウラ!」

「アア!」

カタカナばかりを発しながら。
裸で、抱き合っている。




暗がりの中で妖しく蠢くふたつのカラダ。
切なげな眉、甘い吐息、縺れ合う手と手。
普段の凶暴さなど微塵も感じさせないサンジの足は、ゾロの膝裏に艶然と絡み合い。

コレは。

どうみても、如何わしい。
言い訳無用、問答無用の18禁だ。
一体ふたりに何が起こったというのか。
触れ合ううちにそんな雰囲気になって、欲望に押し流されたのか。
ゾロが言ってた心技体、とは、こんな風にして学ぶものだったのか。
愛とテクと悩ましいボディ。
心技体って、そういうことだったのか。
それともアレか。
サムライブームはいつの間にか過ぎ去り、禁じられた愛ごっこでも始まったのか。
いつだって、ブームの始まりはサンジと俺だったはず。
サンジ、サンジ。
俺は寂しい。
お前は俺を捨てて、ゾロを遊びの相手に選ぶのか。
俺はお前に弄ばれたのか、キー!
俺の何がいけなかった!何が悪かった!?
木刀をビニールで作ったことか?
インゲンの筋取りを手抜きしたことか?
ケムリ役のときに気絶したことか?
ナミ役のときに重要な台詞を噛んだことか?
俺が本物のサムライじゃなかったことか!?
俺を捨てる気なら、慰謝料払いなさいよ!
傷付けられたマイハートに、誠意を見せなさいよ!
訴えてやる!訴えてやるから!!離婚よ離婚ー!!!


などと。
現実逃避している場合ではない。


正直、禁じられた愛ごっこの相手に選ばれなかったことを、俺は嬉しく思う。
何かもう、いっそバンザイしたいくらいだ。
俺にはクニに、カヤという麗しいコイビトがいるのだ。
たとえ文字通り遊びといえど、カヤを裏切ることは出来ない。
ましてサンジ相手になんて。
ぶっちゃけ、萎える。
そう考えると、ゾロに感謝の念が湧く。
そんなことにまで付き合ってやるだなんて。
意外とお前、優しいんだな。
そして、相当溜ってたんだな。
このこと、俺だけの秘密にしておいてやるよ。
元々、俺たちは秘密の共有者。謂わば共犯だ。
今回の俺様の役ドコロは、ふたりを温かく見守る心優しき友人さ。
だから、な。
頼むから。

「…ンン!ア!ウソッ…プゥ…」

「オイ、ウソップ。テメェも来い!」

頼むから、俺を巻き込まないでくれ。

「ウソップ…ウソ…プ…」

サンジ、そんな声で俺を呼ぶな。

「一緒にヤろうぜ、ウソップ!」

ゾロ、そんな溌剌と俺を誘うな。

頼む、後生だから。

「俺をホモの3Pに勧誘しないでくれェェェェ!!」







「ア?」







凶悪なツラでこちらを睨むふたりは。

裸のカラダを、がっぷり四つ。

一瞬油断した眉の海。
そこへ貴マリモがすかさず上手投げ。


決まり手。

オトコだらけの相撲大会。



ぽろりもあるよ。



「心を鍛えるにはこれが一番だ!」

「スゲェんだぜウソップ!俺サムライ辞めてスモウレスラーになるわ!」



なァ、サンジ。
慰謝料はいらねェから。


俺様を、そろそろ解放してはくれないか。




…こんなハズじゃあ…