ラストサムライ


サンジのマイブームは息が短い。
物凄いハイペースで次々とやってくるヤツのブームに毎度付き合わされるのは、心優しき海の戦士、このキャプテンウソップ様だ。

サンジがこの船に乗り込んでまだ間もない頃、最初に付き合わされたのは、ココヤシ村ごっこだった。
大抵は俺がナミになり、「サンジくん、助けて」と蹲って号泣するのだ。
するとサンジはバカみたいに格好つけて、「当たり前だ!」とか叫ぶのである。
その後俺は俺役に戻り、闘志を燃やすサンジに「行くぞ!」とか言われるのである。
俺は律儀に胡坐をかき、「おう!」と答えねばならない。所謂お約束というやつである。
このブームは船がローグタウンに着くまで続けられ、そのうち幾つかのバリエーションも生まれた。
極々たまにではあるが、サンジがナミ役をやりたがって俺がルフィになったり、もっともっと稀に、ナミ役のサンジが「ウソップ助けて」と言ってくれるバージョンもあったりした。

ローグタウンを出ると、サンジは途端にココヤシ村ごっこを止め、次なるマイブームを俺に話した。
ケムリンごっこの誕生である。
サンジはスモーカーに雑魚と言われたのが相当悔しかったらしく、俺をスモーカーに仕立て上げてはボコボコにして、「俺は雑魚か?」と訊いてくるのだ。
そこで俺は必ず、「麦わらを凌ぐ男がいたとは…!」と言って倒れなければならない。
言わないともっとボコボコにされるからだ。
一度、台詞を言う前に気絶したことがあって、その時はグーで殴られた挙句、「ケムリもコックにゃ逆らえねェのさ」とか格好つけられた。あれは屈辱だ。
このケムリンごっこは、俺の命に関わるとの問題で、早々に諦めさせることに成功した。
オレ様自ら、次のブームを呼び起こしてやったのだ。
その名も、月夜の剣士ごっこ。
…まァ、内容はご想像の通りだ。

こうしてサンジは、俺を相手に次々とブームを巻き起こし、退屈な船旅を紛らわしている。
オセロやカードなんかにも凝ったりするのだが、基本的にヤツは○○ごっこというのが好きらしい。芝居小屋にでも入ったら、結構な役者になるかもしれない。元々生き方自体が芝居掛かったヤツだからな。

このブームには暗黙の決まりがあって、俺とサンジだけの秘密ってことになってる。
確かに知られたくないわな、ナミ役だったときの俺様の号泣とかよ。ボコボコにされるケムリ役とかよ。
サンジもサンジで、普段クールを気取っている自分の退屈凌ぎを、俺以外には知られたくないんだと。
そんなこんなで続いている俺たちの秘密の遊びは、今日また、新たな歴史を刻むことになった。




「オイ、ウソップ。コックの野郎に何か吹き込みやがったか?」

「そそそそそんなに睨むなゾロ。怖ェじゃねェか!」

「あの野郎、どうも朝から様子がおかしい。隙あらば俺の刀を奪おうとしやがんだ」

不機嫌極まりない剣士の言葉に、俺の勘がピンときた。
これはあれだ。サンジがまた、何か思いついたに違いない。
しかしごっこ遊びを知られたくないはずのサンジだ。
ゾロにブーム関係のことで絡むのは…余程、この剣士の何かが次の遊びに必要なのに違いない。

「刀?」

「ああ。これだけはどうあっても渡せねェ、つってんのによ」

「ああああれじゃねェ?デカい魚を捌きてェとかよ」

「テメェ、この刀が包丁に見えるってのか」

「いいいいいえいえ、滅相もない。と、とにかく俺は知らねェよ!一切の関与は認めません!」

「チッ…何だってんだろうな、アイツ…」

俺は脱兎のごとくその場から脱出し、その足でキッチンに駆け込んだ。
ブームの下準備はいいが、俺様を危険に晒すなってんだ、あのコックめ。

「おいサンジ!」

「ようウソップ、いいとこに来たぜ」

サンジはキッチンの椅子に座って、インゲンの筋を取っていた。
ホイ、とまだ山積みのインゲンを俺の前に差し出して、ヤツも作業を続ける。
なんか、いつもコイツのペースなんだよな。
他人をとても気に掛ける性格の割には、マイペースって言うか。
仕方ないので、俺はサンジの向かいに腰を下ろして、チマチマと筋取りを手伝った。

「あのよーウソップ」

「オウ」

「頼みがあんだけどさー」

「筋取りだけで充分だろ」

「冷てェこと言うなよー」

「んだよ、言ってみ」

だからウソップって大スキ、とか抜かしやがったコックは、器用に筋を取りながら続けた。

「木刀をさ、作ってくんねェかな」

「木刀ォ?まさかどこかに殴り込みでも掛ける気か?それとも夜の校舎の窓ガラス壊して回るつもりか!?何なら盗んだバイクで走り出すつもりか!!」

「んだよソレ」

「…イヤ、急に尾崎が脳裏をよぎって。そもそもお前、手で戦うのはご法度じゃねェのかよ」

「戦うわけじゃねェさ」

あ。
もしかしてそれって、ゾロの刀を狙ったことと関係しているんじゃなかろうか。
次のブームの小道具なんだろうか。
そう問うと、サンジはウンウンと笑って頷き、俺の袖を引っ張った。

「この間さー、ロビンちゃんのご本を借りて読んだらよぅ、東の果てに昔いた、サムライってヤツのことが書いてあってよぅ」

「サムライ…」

「スゲェんだぜ、サムライ。刀振り回してよぅ、ハラキリとかカミカゼとかよぅ。ブシは食わねどタカヨウジってのだけは、ちょっといただけねェけど」

……。

コイツはアレだ。
浮世絵とか「神風」とか描いてあるTシャツを着ちゃうタイプだ。中身が外人なんだ。

「やっぱサムライには真剣かな、と思ってよ。そしたらこの船にちょうどいい刀があるじゃねェか!アレ使いたくってさー」

「ゾロのか…」

「けどアイツ、どうしても貸してくんねェのよ。やっぱアレかな、刀は武士の命ってヤツ?」

「で、代わりに木刀か?」

「んー、まぁ仕方ねェからさ。取り合えずソレで我慢しよっかなーと」

どうやら、サンジの次のブームは、チャンバラごっこらしい。
きっと俺は斬られ役なんだろう。間違いない。
この場合、刀を貸してくれなかったゾロに、俺は心底感謝すべきだろう。
ゾロがもし貸していたら、それは素人の真剣によるチャンバラごっこ。
そして俺は素人の真剣による斬られ役。
危ねェところだったぜ。木刀で済んでラッキーだ。

「分かった、付き合う。木刀製作に二日くれ」

サンジはマジ!?と目を輝かせ、俺様の胸に飛び込んできた。
全く愛いヤツめ。
可愛いお前の為に、木刀はビニール製にしようと思う。



結局ダメ出しを食らったビニールの木刀は、更に二日後、正真正銘の木刀となってサンジの手に渡った。
ナミも眠る丑三つ時、甲板に金髪のサムライが現れる。



更に更に二日後。
緑髪のサムライに見つかった金髪の偽サムライは、思いっきりダメ出しされ、木刀の持ち方から叩き直される。
後ろから抱かれるように、手取り足取り指導される金髪は、何だか楽しそうだ。

秘密の遊びは3人になって。
もうしばらく、続きそう。





渡辺謙の映画は見てません。