コックさんの黒いシャツ


目が覚めると、横にコゲたコックが寝ていた。
よく見れば自分も相当コゲていたが、隣のコックは俺より1.5割増でコゲコゲだ。
その顔があまりに安らかなので、まさか死んでるんじゃねェだろうな、とコックの鼻の辺りに手を伸ばす。
微かに空気の振動を感じて、胸を撫で下ろした。
何でコックがここにいるのか、とか。
あのトチ狂った自称「神」の野郎がどうしたか、とか。
まだ手が痺れてやがるな、とか。
思うところは色々あったが、どうにもまだ動けずに、俺はもう一度瞼を閉じようとして。
ふと、コックの黒コゲの身体に纏わり付いた、ボロボロのシャツに目が行った。
今朝まで着ていた、馬鹿みたいに浮かれた柄のシャツではなかった。
見覚えがあるような、ないような。
いや、見覚えは確かにあるが、コックが着ているのを見たことがない、黒いシャツだった。
しばし考え込んで。
考えるうち、辺り一面雷だらけになっちまって、それどころじゃなくなっちまったんだけど。



俺はまたコゲて。
鐘の音で覚醒をして。
仲間の顔が一様に無事を物語っていて、その中に鐘の音を聴くコックの姿もあった。
存外元気そうで安心した。
何故だか、ひどく、安心した。
コックは俺の顔を見つけると、小さく手招きをして、俺を呼び寄せた。
金髪はコゲて燻ってたし、顔も身体も真っ黒だったが、目だけは相変わらず青々としていて、何だか長く海を見ていないような、そんな気にさせられる。

「よォ、コゲマリモ」

乾いた唇が煙草を銜えて、少し嬉しそうに笑った。
一瞬カチンときたが、ケンカする元気は今はねェ。それはコックも同じらしくて。
コックは自分の隣をポンと叩き、そこに座るよう俺に促した。

「何発食らった、雷」

「2発」

「俺もだ」

コックの吐き出す煙が、高々と空に飲み込まれて行く。

「アレよォ、痛ェし苦しいし、最悪だけどよォ、何かちっとだけ気持ち良くね?」

「アホか。…アレじゃねェか、テメェ肩とか腰とか凝ってんじゃねェの」

「あー電気マッサージか。ナルホド賢いね、マリモくんは」

「あー」

あまりに内容が下らないので、鐘の音の余韻に浸っている仲間に聞こえないよう、自然小声になった。

「俺な、あの金ピカ船に乗ったんだぜ」

「ヘェ」

「攫われたナミさんを助けに颯爽と登場よ。どうよ俺。カッコ良くね?」

「ご苦労なこって」

「あの船がエネルの船だって分かってたからよォ…乗り込む前に俺、着がえたんだぁ」

「そのシャツか」

「おー。決死の覚悟ってヤツだな」

「テメェの悪ィ癖だ」

「ルフィには黙っとけ。な。アイツそーゆーとこウルセーからよ」

「チクる」

「シメんぞ、コラ」

「つーか、ナミがチクんだろ」

「ナミさんじゃシメらんねーじゃん…」

「テメェがルフィにシメてもらえ」

コックは楽しげに笑って、短くなった煙草を揉み消した。

「決死の覚悟だと着がえるのか、お前」

「あ?そりゃオメ、ナミさんにボロボロな俺をお見せできねェべ?そんときにゃすでに1発食らってたからよ」

「あー」

「それによ、このシャツは…特別だからな」

そうだ、このシャツ。
見覚えはあるが、コックが着てると妙に違和感のある黒いシャツ。

「何か、いいじゃん?好きなヤツの匂いに包まれてよ、死ねたら本望かな、とかよ」

「…そりゃ、ナミのシャツか?」

「アホか、ナミさんがこんな地味なシャツお召しになるかよ」

「でも今、好きなヤツって」

「テメェさ、ホント、マリモな」

コックはまた笑って、新しい煙草に火を点けた。
そのままユラリと立ち上がり、フラフラ歩いていってしまう。
俺はその後姿を、ずっと見ていた。
黒いシャツは、細いコックの身体には少しデカいようだった。
その布は、ボロボロなのに、決してコックの身体から離れなかった。
黒いシャツ。
コックの好きな、ヤツのシャツ。





あ。





「そりゃ、俺のじゃねェか!何してくれてんだ、テメェ!」





コックは振り返りもせず、肩を大きく揺らして笑って。
これ見よがしに、シャツの襟を摘んで、口付けてみせた。






空島終了記念に。
おお、ゾロサンだ!でもサンジの片想いちょっと希望。