あなたの香り


ゾロとサンジがケンカしたんだ。
いつものケンカなら、サンジは暴れるかほっぺた膨らましながらプリプリしてるかで済むんだけど、今回は違うみたいなんだ。
なんだかサンジ、哀しそうだ。
今にも泣き出しそうで、青い目がさっきからずっと潤んでる。
俺はサンジの元気で優しくて、いつもキラキラしてる目が好きだから、こんな顔させやがったあのクソ剣士をボコボコにしてやりたくなったけど、結果は目に見えてるし。

「なぁサンジ、どうしたんだ?」

そう問いかけても、サンジは首を振るばかり。
潤んだ目で、じっと包丁の先の魚達を見てる。
あのマリモ野郎、サンジに何してくれてんだ責任取れ筋肉ダルマ。
心の中で何を思おうと俺の自由なので、絶対に口には出せないことを思ってみる。
だってだって、サンジが可哀相だ。
あんなに強くて優しくて、人一倍働き者なのに。
いくら薬を渡しても治らない荒れた手は、俺たちみんなの為に荒れたものなのに。
俺はサンジの好きな小さな身体で、足元に纏わり付いていることしかできない。

「なぁサンジ、元気出して」

心にも効く薬があればいいのに。
心がどこにあるのか、分かれば治療してやれるのに。
サンジは包丁を止めて、俺を抱き上げた。
俺はもう子供じゃないから、抱き上げられたりするのは好きじゃないんだけど。
サンジはたまに、俺をぎゅっとしてくれる。
温かくて気持ちよくて、心に効く薬があるとすれば、それはスキンシップなのかもしれないな、と思うんだ。
だから俺に触ることで、サンジも癒されてくれればいい。

「チョッパー…あのよ、俺ってさ」

「なんだ?」

「俺って…どんな匂いがする?」

匂い?
俺は鼻が利くから、みんなの匂いは身に染みるように知ってる。
例えばルフィは干したての布団の匂い。
例えばナミは、咲き誇る花の匂い。
ウソップは油の匂いがして、ゾロは少し血の匂いがする。
ロビンだけは、不思議といつも何も匂わないんだけど。
それでサンジは、甘い匂いがするんだ。
美味しそうで、思わず舐めたくなっちゃうような匂い。
初めて船に乗った頃は、サンジはいつもお菓子を持っているのかと思ってた。
でもそうじゃなくて、それはキッチンに立つうち自然と身に付いてしまった、焼きたてのオーブンの匂いだったんだ。

「サンジはいつも、美味しそうな甘い匂いがするぞ」

正直にそう言ったら、サンジはなんだか複雑な顔をして、俺の帽子に顔を埋めた。

「なんだなんだサンジ。ゾロに何か言われたのか?」

こんな美味しそうなサンジに向かって、何言いやがった三刀流。
サンジの返答次第では、速攻ランブルボールだ。

「……って」

「ん?」

「…の匂いがするって」

グスと鼻をすすって、サンジはとうとう泣き出した。
ワンワンと、そりゃもう盛大に泣き出した。
あードクターから貰った大事な帽子、鼻水付けられてるなー。

「散々、散々俺に好きだとか言いやがったくせに…!手篭めにしたくせに…!!」

手篭めってなんだろう。後で本で調べてみよう。
それにしてもあのゾロがサンジに好きだと言ったのか。
そうかそうか、だから俺がサンジに抱っこされてるとメンチ切ってきたのか。
ヤキモチ焼きだな、ゾロは。自分もきっと、サンジに抱っこされたかったんだな。
サンジはいい匂いがするし、抱っこしてもらいたい気持ち、よく分かるぞ。
あれは母ちゃんの匂いだ、とウソップも言ってた。
ゾロはきっと、サンジに甘えたいんだな。子供だな。

それにしても。

分からないことがひとつある。
ゾロが言った匂い。それって、どこの匂いだ?

サンジを慰めて、泣き止んでもらって。
まだグスグス言いながらも料理を再開したので。
俺は疑問を解くべく甲板に出た。



「コックの様子は」

途端に鬼のような形相でゾロに首根っこ掴まれて、やっぱりコイツただじゃおかねぇと思ったけど。
その目がとても真剣だったので、サンジのことを心配してるんだな、と少しマリモが可愛くなった。

「サンジ泣いてたぞ。お前のせいだぞ」

「そうか…」

「サンジは甘くて美味しそうな匂いだぞ。ゾロは間違ってるぞ」

「俺も、そういう意味で言ったんだが」

「そうなのか?」

「オウ」



「じゃあ、レディのアソコって、どこだ?」



そこはきっと、甘くて美味しそうな匂いがするんだろう。
だってゾロがそう言った。
サンジと同じ匂いがするなら、俺も嗅いでみたいな。
でも答えを聞く前に、どこからか飛んできたナミにゾロがぶっ飛ばされたので、結局それがどこのことなのか、俺には分からなかったけど。


サンジは甘くて美味しそうな匂い。
サンジはレディのアソコの匂い。


そうウソップに教えてやったら、泡吹いて倒れたけど。
なんでだろ。





チョパ誕…?
(訊かれても)