コックさんの癒し系 |
一番リラックスできる瞬間は。 ひとりでいるときよりも、心を許せる誰かとふたりでいるときだ。 甘えて、拗ねて、我侭を言って。 他人には聞かせられないような子供じみた口調で、心のままに。 抱っこして。 膝枕して。 腕枕して。 髪を撫でて。 温かくて、気持ちよくて、くふふと笑いながら眠ってしまいたくなる。 ここには義務も責任も存在しなくて。 コックであるとか、夢とか、今夜のメニューは何にしようとか。 決して忘れてはいけない自分の大切なものを、ほんの一瞬だけ隅っこに寄せて、頭を空っぽにして。 思い浮かんだことを、何も考えずに口に乗せて、取りとめもなく。 「な、海ってさ、なんで塩辛いのかな」 「明日は雨かな。晴れるといいな」 「なんか首が痛ェ。痛いよぅ」 「お前、まつげ長いのな」 「眠くなってきちゃった」 独り言にもならないような呟きに、いちいち相槌をねだって。 面倒臭そうに、でも少し微笑んで、いつも俺を包んでくれる。 気持ちいいな。 嬉しいな。 時計の針は、午後2時ちょっと前。 船は不思議と静まり返って、どこかで誰かの昼寝の鼾。 パラパラと本をめくる音。 グラスの中で、カランと氷が鳴る音は、もうすぐ起き上がらなきゃいけない合図。 おやつ、なににしようかな。 サツマイモがたくさんあるから、アレを使おう。 「甘いのとそうじゃないの、どっちがいい?」 「甘くないの」 「じゃ、蒸かし芋にしよう」 「焼き芋がいい」 「じゃ、焼き芋にする」 やきいもやきいも。 レディにお出しするには、少しお品が足りないだろうか。 でも元来レディは焼き芋が大好きなはずだ。定石だ。 焼き芋といえば石焼き芋。 いしやきいしやき。 あ。 「石、ねェよ」 「ああ、あるある。コレ使っとけ」 石だ石だ。立派な石だ。 俺は料理が上手いから、屋台を引くその道のプロにだって負けやしない。 石さえあれば、こっちのもんだ。 「焼き芋好き?」 「おう、好きだ」 「たくさん作るよ」 「おう、楽しみだ」 温かいな、嬉しいな。 俺の大事な、リラックスタイム。 「もう行かなきゃ」 「ごくろーさん」 「おやつ作んなきゃ」 「腹減ってきたな」 「待ってろ、すぐ出来る」 大好きな膝小僧から起き上がると、少し頬が冷たくて、少し心が寂しくなる。 本当は、もっとこうしていたいんだけど。 「ホラ、そろそろ働けコック」 「あーい」 緩めたネクタイを元に戻して。 寝乱れた髪を撫で付けて。 んーと大きく伸びをしたら、俺はコックさんに戻るのさ。 英気を養って、たくさん優しさと安心を貰ったから。 今日も一日頑張れるのさ。 「おいサンジ」 「ん?」 「こーゆーの、ケンゴーに頼めよ」 「それはダメ」 「だってアイツといると、俺、緊張しちまうもん」 一番リラックスできるのは。 心を許せる誰かと、ふたりでいること。 その誰かが。 一番アイシテル人間とは、限らないわけで。 でもそれなりに俺なりに。 お前のことは、アイシテルんだぜ、長っ鼻。 今日も癒しをサンキューです。 |