極楽漂流日記


漂流1日目 快晴。

全くあのミドリハゲときたら、使えねェにもほどがある。
嵐の夜。
海は大時化で、船が大きく傾いた拍子に、つんのめって俺にエルボーかましてきやがった。
何なんだあのヤワな足腰は。もっとふんばっとけって話だ。
不本意にも俺はマリモと共に船から放り出され、海の藻屑となり。
最後に見た、悲鳴を上げるナミさんのお顔が瞼から離れねェ。
気が付いてみりゃ、気色悪ィことに手首をマリモに捕獲されたまま、この島に打ち揚げられていた。
マリモの手は振っても抓っても離れなくて、いい加減頭にきて甲に踵を落とすと、マリモの意識が回復した。でも手首は離してくれない。
無事だったかと俺を見やるマリモに、本格的に踵をお見舞いしてやったところで、俺たちはようやく自分達の置かれた状況を把握した。
まるで、クジラの背中みたいな。
ツルツルの、何もない島。
島の広さを表す単位としてどうかと思うが、どう見ても四畳半くれェしかない。
お誂え向きのヤシの木や、雨水を溜められそうな岩の陰すらなく。
ツンツルテンの、ハゲ島に、俺たちは漂着していた。
四方は見渡す限りの海海海。
隣には役に立ちそうもない海マリモ。
ポケットに入っていたのは、湿気たマッチとタバコが8本。
体が無事だったのは何よりだけども、それでも。
日陰もなく草も生えていず、いっそ地面は土ですらなく。
三途の川の渡し船が今にも救助に来そうな状況で、俺とマリモの漂流生活が始まった。
泣きたい。



漂流2日目 快晴。

マリモと今後について話し合う。
どんな状況だってマリモは大剣豪になるんだそうだ。非常にしょうもない情報を手に入れてしまったと後悔する。
島の周りには浅瀬なんてものはなくて、深い深い海に囲まれていた。
マリモが魚を数匹獲ってきたので、イイコイイコしてやって、鵜飼いよろしく調教してみる。
褒められて気を良くしたマリモが獲った魚は、和道一文字で開いて干しておく。
くいながどうとかマリモが喚いていたが、背に腹は変えられないと説得成功。
それにしても暑い。
マリモが誰の目を憚ることもなくフリチンで過ごすので、その件で少々揉める。
最終的にフリチンはフリーチンコなのかフリフリチンコなのかの白熱した議論になり、チンコはいつだって自由を求める鳥なのだということで決着した。
非常に無駄な一日だったように思う。



漂流3日目 快晴。

喉が渇く。
生臭い魚の体液を啜るが、渇きは癒されない。
マリモに飲尿を薦められるも、まだその段階ではないと固辞する。
乾かしておいたタバコが吸いたいが、マッチがどうにも点かない。
禁断症状でイライラする。
イライラにはカルシウムがいいと、マリモに魚の骨を食わされる。
喉に刺さって痛い。ご飯が欲しい。



漂流4日目 曇り。

今日はだいぶ涼しい。過ごしやすいが、こんな島では過ごしやすいもクソもない。
頭の中がタバコでいっぱいになる。
タバコタバコタバコタバコ。
とうとう我慢できずに叫んでみる。

ターバーコー!!!!!!!
マッチー!!!!!!

次の瞬間、俺の手にタバコ1箱と真新しいマッチが乗っていた。
マリモが隠し持っていたのかと思ったが、その時マリモは元気に遠泳中だった。
何がどうなっているのか。
もしかしたら禁断症状の幻覚かもしれないが、それならそれで、消えないうちにと3本ほど続けて吸った。
この件を戻ってきたマリモに話すと、哀れみの目で見られ、今日は休めと優しくされる。屈辱だ。
しかし火の点くマッチが存在するのは事実で、夕飯は焼き魚にした。
美味い美味いと貪り食うマリモに、ちょっぴり癒される。



漂流5日目 雨。

雨だ!水だ!
天に向かって口を開く。
しかし満足するほどには雨を口に誘い込めなくて、ガッカリする。
何か、ボウル状のものがあれば、水を溜められるのに。
隣でマリモも口惜しそうな顔をしている。
ああ、可哀相な海マリモ。出来れば飲尿だけはさせたくねェ。
ボウル、缶、コップ、何でもいい。
天の恵みを溜めておける入れ物が欲しい。
俺はフト、ポッケに入ったマッチのことを思い出した。
笑いたければ笑え、クソマリモ。
禁断症状の幻覚だろうが、何だろうが。
火の点くマッチは、なかったはずなんだ。なのに、今はあるんだ。
なんでもっと深く考えなかったのか。なかったはずのものがあるだなんて、あり得ないのに。
だから俺は叫んだ。
天まで届けとばかりに叫んだ。

いーれーもーのー!!!!!!!

マリモがギョッと目を剥いた。
叫んだ俺にじゃない。
どこからともなくコロンと現れた、ピンク色の洗面器に、だ。
俺は理解した。
だからもっと叫んだ。

雨を溜められるデカいいれものー!!!!!!

切れ味のいい包丁ー!!!!!

テフロン加工のフライパンー!!!!!

次々と現れる生活用品に、マリモは息を呑んでいた。
お前も何か叫んでみろ、と促すと、マリモは信じられないものを見る顔つきで俺の顔を見詰め、それから意を決して叫んだ。

蛇口ー!!!!!

何で蛇口だバカヤロウ。蛇口っつーのは水道管とか貯水池とかそういうものがあって初めて機能するものだろうがよ、と説教垂れた俺に向かって、マリモは下唇を突き出した。ちなみに全然可愛くない。
しかしハゲ島にピョコンと生えた蛇口をマリモが捻ると、信じられないことに真水が噴出した。
どういう原理なのか。
分かりはしないが、分からなくてもいい。
真水を確保だ!やった!やったぜ!でかしたマリモ!



漂流6日目 快晴。

このハゲ島、どうやらとてつもない不思議島だったらしい。
欲しいと願って叫ぶと、何でも手に入るのだ。
こんなのオカシイだろ、ワケわかんないだろ、と思うが、事実は事実なのだ。覆せない。
昨夜一晩、俺とマリモは欲しいものを片っ端から叫びまくった。
お陰で声が枯れて。
その上四畳半の広さしかない島は、必要物品で溢れかえってしまった。
ベッドとか言いやがったのはどこのどいつだ。邪魔でしょうがねェ。
え、俺?俺じゃねェよバカマリモテメェじゃねェかこのフリチン剣士!
…ともかく、物が増えすぎて居場所がなくなったので、勢いで叫んでしまったものに関しては海へ還すことにする。不法投棄だが、やむを得ない。
駄々をこねるマリモを力で捻じ伏せて、大剣豪養成ギプスともサヨナラさせる。
整理整頓した俺たちの四畳半は、木陰を作る2本のヤシの木に吊るされたハンモックと、ピカピカのシステムキッチン完備のステキなワンルームに出来上がった。
俺は水洗便所を最後まで死守したのだが、養成ギプスの恨みか、マリモに遠くに投げ捨てられた。それだけが不満だ。
しかしながら、キッチンなんかはGM号のものよりも遥かに性能が良くて、俺はウキウキと包丁を握ってそこに立つ。
生意気にもマリモが、料理なんかしなくても食いたいものを叫べばいいじゃねェかと抜かしたので、頭にきてメシ抜きの刑にしてやった。
テメェは精々この島をグルメテーブルかけとして活用するがいいさ!フンだフンフン!!
マリモは腹イセにラーメンやらチャーハンやらを叫んで出して勝手に食していたが、夜になって、やっぱり俺のメシが食いたいと和解を申し入れてきた。
いくら魔法の島の魔法のメシでも、俺様の料理には敵わねェ。そこんとこ、よく分かったかクソマリモ。
ウンと頷くマリモがイイコだったので、夕飯は腕を振るってやった。
何だかとても楽しい。



漂流7日目 快晴。

マリモが魚を獲り、俺がメシを作る。
喧嘩したり話をしたり、子供のようにはしゃいで水浴びしたり。
夜はハンモックに揺られて、一緒に就寝。
船が通るかも、とか。
見張りをしなくては、とか。
そんな切羽詰った気分は、蛇口から噴出した水と共に流されてしまっていた。
ちょっと新婚みたいだなーとか思っていたら、マリモもそう思っていたらしい。
深夜、鼻息荒く俺のハンモックに侵入してきやがったのだ。
セクハラっぽい手つきで俺の腰を撫でてきたので、海の果てまで蹴り飛ばしてやった。
ふたりでの生活が、あんまり快適に進むもんだから。
ああ、俺としたことがすっかり忘れていた。
この島に足りないもの、それはレディだ。
レディがいないから、マリモもトチ狂って俺に手を伸ばしてくるんだ。危ねェ危ねェ。
そうだよな、幾ら快適でも、俺たちは年頃のオトコノコ。
清く正しい漂流生活なんて出来ねェよな。
これがたとえ、命を懸けた苦しい漂流だったなら。
愛が芽生えてホモになっちまうのもアリだったかもしれねェ。
しかしここは不思議島。欲しいものはなんでも手に入るんだぜクソマリモ。
後頭部を押さえて必死にここまで泳いでくるマリモに、言ってやった。
どんなレディがお好みだ?ムチムチボインもウルウルロリータもお望みのままだぜ。
するとマリモはまた下唇を突き出して、いらねェと言ったきり、潜水して戻ってこなかった。
何だアイツ、勝手にしろ。しかしホモに俺を巻き込むな。
俺は何が何でもレディが好きだ。大好きだ。
この快適な四畳半生活で、足りないもの。
あの、麗しの脚線美。
あの、素晴らしきボディライン。
輝く琥珀の瞳、靡くオレンジの髪、漂う芳香。
ああナミさん、あなたこそが、欠如したモノクロの生活に彩りを添えてくれる女神!
どうかどうかこの島へ!俺とマリモの四畳半へ!
風に乗って彼女に届け!俺の魂の叫び!!

んナミさーん!!!!!!!!!

どこかでマリモが、やめろこのバカ!と怒鳴った気がした。



漂流8日目 快晴。

ナミさんはお宝を声ある限り出し尽くし、俺とマリモの耳を引っ張って仰った。

「帰るわよ!」

ああ、レディ。
なんて聡明なレディ。
船から落ちた俺とマリモを心配していたナミさんは、俺たちの四畳半へやって来るなり事情を理解した。
俺とマリモは百発ずつ殴られて、お宝を叫ぶ協力を。
そしてナミさんは。

「GM号に帰して頂戴!!!!!」

ああ、そうか。
そう叫べば良かったんだね。
分かってた。分かってたさ俺もマリモも。
だけど、どっちかがそう叫ぶまで、自分は言うまいと思ってたわけで。
それはつまり、もう少しだけここで過ごしたかったわけで。
ナミさんが叫ぶ瞬間、マリモは恨めしそうに俺を見て、俺の手首を握り、俺たちの四畳半を眩しそうに見詰めていた。
サヨナラ、サヨナラ俺たちのスイートホーム。


こうして俺とマリモのバカンス漂流は、幕を閉じた。
ああ、せめてあのシステムキッチンだけでも、テイクアウトできないだろうか。
マリモに握られた手首が痛い。



…シリアス漂流モノが書きたかったんだ。
どうして私が書くとこうなってしまうんだ。