追っかけベイベ


天変地異は予期せず起こる。
いつもの時間にいつものように、サンジはロロノア家に入り浸っていたのだが。
今日はいつもと違うことが起こってしまった。
泣いちゃうかも、とサンジは思う。

「俺、東京に行くから」

などと、ゾロが言うものだから。
離れ離れになるなんて、ありえないことだったから。
いつものようにフカフカで、いつものようにゾロの匂いがするベッドにいるのに。
サンジはいつもと違うゾロの言葉に、やっぱり泣いてしまったのだ。



サンジは春から、めでたく中学生になる。
キンキラの頭は相変わらず中身もキンキラで、身体ばかりが大きくなって、なのに心は子供のまま。6歳年上の幼馴染に、相も変らず懐きまくっている。
幼馴染の名は、ロロノア・ゾロ。
最近では、家族といるよりゾロと過ごす時間の方が遥かに長い。
サンジはゾロが大好きで、それは兄を慕う気持ちに最も似ていた。
それにゾロは、サンジに気持ちいいことをしてくれるし。
世間一般の兄が、そんなことをするはずはないのだが、何せサンジのおつむはキンキラなので。
優しくて格好よくて強くて。
しかも気持ちいいことまで出来るなんて、ゾロはやっぱりスゴイなァ、とサンジは常日頃から思っている。
そして、あまりにも一緒にいすぎて。
ゾロが傍にいてくれるのが当たり前すぎて。
そんな日常が壊れる日が来るなんて、考えたこともなかった。

「大学、受かったし」

偉そうに合格通知を見せるゾロは、知らない人みたいだ。
ここはゾロの家で、サンジはゾロのベッドにいるのに。

「なんで?」

「ああ?」

「なんで大学なんて行くんだよぅ…」

枕に顔を埋めれば、ゾロの匂いがして安心する。
東京に行く、なんて言うやつは、きっとゾロじゃないに違いない。

「なんでって…そら、行くだろ。受かったんだし」

「なんで東京なんだよ!」

枕を投げても、ゾロはヒョイとかわすだけ。
なんだか惨め。なんだか悔しい。

「地元の公立落ちたから」

「アホー!」

「アホで悪かったな」

枕を投げ返されて、それは見事にサンジの顔にヒットして。
もうもう、頭にくる。
頭にきすぎて涙が出る。

「お、おばちゃんはどうすんだよ!ひとりになっちまうぞ!」

「別にどうもしねェだろ。そんな年じゃあるまいし」

「じゃ、じゃあ俺は!俺はどうすんだよ!?」

「関係ないだろ、お前は」

関係ない。
カンケイ、ないんだそうだ。ゾロにとってサンジは。
あんなに一緒にいたのに。
こんなに大好きなのに。
関係ないなんて。
ひどすぎる。

「アホノアゾロー!!」

捨て台詞を吐いて、家を飛び出してみたけれど。
ゾロは追い駆けてなんて来なくって、返ってきたのはボソリとした一言だけ。

「嫌なあだ名つけんな」

もう泣くしかない。
泣いて泣いて、もうゾロのところへなんて行かない。
コレはアレだ。
俗に言う、弄ばれた、と言うやつではないか。
12年の長きに渡って、ゾロはサンジを弄んだのだ。
だからあっさり東京へ行くなんて言って、サンジをポイ出来るのだ。
もう許せない。顔も見たくない。
サンジはロロノア家を飛び出した2秒後に自宅へ着き、泣きながら部屋に閉じこもった。
母親が半笑いで心配していたが、それもなんだか癪に障る。
どうせゾロとケンカでもしたんだろう、との意味合いの半笑いなのだが、自分の息子がいいように弄ばれたのだ。もっと怒って、お隣に怒鳴り込むべきなのだ。

「サンジー、どっちの料理ショー始まるよー」

ドア越しに、猫なで声で母親が言ってくるけれど。
今夜はジャージャー麺対長崎ちゃんぽんなのだけど。
サンジの心の傷は、そんなものでは癒せないのだ。
思えば、ゾロはいつもサンジよりずっと高いところにいて。
追い駆けても追い駆けても追いつけなくて、ゾロはいつも余裕の笑みなのだ。
アレはきっと、自分に向かってくるサンジを揶揄っていたに違いない。
そうとは知らず、懐きまくっていた自分に嫌気がさす。
サンジの小さなハートは、もうボロボロにブロークンだった。



「遅くにスイマセン。サンジは?」

「アラー、ゾロくん。大学受かったんですってね。オメデトー!」

「ああ、ありがとうございます」

いつの間にか、文字通り泣き寝入りしてしまったサンジの耳に、玄関から話し声が届いた。
ゾロのヤツ、今更何の用だ。
サンジは決してもう騙されまいと、頭まで布団を被って己を防御した。

「サンジー、ゾロくんよー。開けるわよー」

「開けちゃダメ!」

「開けんぞ」

抵抗虚しく開けられたドアから、ゾロが入ってくる気配がする。
そのままドアは閉められて、静まり返った部屋にはゾロとふたりきり。

「…何しに来たんだよ…」

布団を被ったまま問いかけると、背中に硬いものがポンと投げられた。

「ビデオ。どっちの料理ショー撮っておいてやったぞ」

なんで。
なんで見てないこと、知ってるんだろう。
サンジの行動は、いつもこうして見抜かれていて。
悔しくて哀しくて、サンジは布団の中でモゾモゾ暴れまわった。

「今日のはスゴイぞ。関口さんチームの豚肉ったら」

「出てけ!」

「有機栽培の穀物しか与えられてない黒豚を贅沢に挽肉に」

「うるさい!」

「しかもゴマなんて、わざわざ取り寄せた中国4千年の」

「バカー!」

ガバっと。
布団を剥いでビデオを確保。
そうして出てきたサンジは、ゾロにしっかりと確保されてしまった。
いつも、こう。
怒っても拗ねても、結局ゾロの手のひらの中。
片眉上げて笑うゾロを見れば、やっぱり甘えたくなってしまう。
なんて悪いオトコ。

「ご機嫌直ったか?」

「俺は!カンケイないんだろ!?」

「そー。お前は関係ねェ」

「だったら…!」

「お前から逃げ出す俺の事情なんて、お前にゃ関係ねェだろ」

ゾロは大人で。
身体も心も大きくて。
行ってしまう。
ひとりで、東京へ。

「お前の傍にいると、お前がもちっと育つまで待てそうにねェんだ」

頭に乗せられた手は、ゴツゴツして。

「早いとこ、デカくなってくれや」

見詰める目は、弟を見る兄のもの、なんかじゃなくて。

「お、俺…ゾロのこと、好きだぞ」

「あー」

「だから、カンケイなくなんか、ないんだ」

精一杯真剣に言ったのだけれども。
ゾロはやっぱり笑って、その言葉をかわすのだ。

「あと4年もして、そんときにまた同じこと言ってくれたら、信じるさ」

兄じゃなくて、家族でもなくて。
ただ、好きなだけなのに。

「俺、急いで大きくなるから」

「そうしてくれ」

「そしたら、お前のコイビトにしてくれるか?」

するとゾロはサンジを膝の上に抱き上げて。
やや乱暴に、でも優しく。
サンジのキンキラな髪に、口付けた。

「そんときゃ、遠慮なく抱かせてもらう」

今も、抱き締められているのに。
言葉の意味は、サンジにはよく分からなかったけれど。
ずっとずっとサンジの場所だったゾロの膝の上が、やっぱり今もサンジの場所で。
そこは、サンジが最もよく知った、ゾロの匂いでいっぱいだった。


いつか、この足で。
お前を追い駆けて。
追いついてみせるよ。


サンジの小さなオシリが、無事ゾロのものになるまで。
あと、1460日。




キヨさんの本に載せてもらったモノです。
その節はありがとうキヨさん!