コックさんのお財布 |
サンジには、決まった収入源がない。 これは彼に限ったことではなく、船の財政を握るナミ以外の全員が同じ条件なのだが。 上陸のたびにナミがクルー達にに与える「お小遣い」は、聞こえは良いが事実上は不当な利子の付いた彼女への「借金」である。 サンジも煙草を補充する分だけは、毎回彼女からそうして借りているのだが、それは最低限の金額でしかなかった。 他にも公費として食材費は貰えるのだが、その余りをちょろまかしたりはしない。 余らせるくらいなら、もっと良い食材を求めてしまうのが料理人の性だ。 故にヘソクリも存在しない。 ウソップが作ってくれた財布代わりの巾着袋は、現在100ベリー玉1つと、10ベリー玉が4つ入ってるだけだった。これではジャンプも買えやしない。 そして今、サンジはその巾着を逆さにして、困っていた。 出てくるのは煙草のレシートと幾許かの小銭だけ。 貧乏というものを初めて体感して、サンジはとても困っていた。 船が明日には島に着くのだ。 その島で、サンジにはどうしても欲しいものがあった。 それがたとえば、湯沸かし器だとか、圧力鍋だとか、もっと火力の強いコンロであったなら。 いや、それらも喉から手が出るほど欲しいのだが、料理の腕と根性があればカバーできるし、いざとなればナミに頼み込んで公費で買ってもらえる類のものだ。 しかし今回サンジが欲しがっているものは、そうはいかない。 サンジはこう見えて意外に質素な男なので、滅多に私欲で買い物をしないのだが、今回ばかりは。 次の島は陶器で有名な所で、著名な陶器ブランドの本店があるのだ。 普段は割れ難いホーロー製の食器を使っているのだが、そのことに関してサンジは日々不満を募らせていた。 食は見た目から、が持論のサンジとしては、本当はもっと美しく、料理に相応しい食器を使いたかった。 それでも揺れる船上に、デリケートさの欠片もないガキどもという最悪の環境に甘んじて、あの味も素っ気もない食器を使っているのだ。 しかし。 サンジは実のところ、かなりの陶器マニアだった。 バラティエにいた頃は、気に入った食器を購入しては、それに相応しいメニューを考えるのが何よりの楽しみだったし、コーヒーひとつ飲むにも、心浮き立つような高価で美しいカップを使っていたものだ。 だがGM号に乗り込んでからというもの、状況に甘んじて、我慢してきたのだ。 レディ達に出すカップは、そこそこ値の張る良質なものだったが、そんなものに満足するサンジではない。 次の島には、サンジの愛するブランドの本店がある。 しかも現在、限定100セットのティーカップが売られているというではないか。 これは欲しい。是非欲しい。 もうレディのためとか、そんなものではなく、ただマニア心として欲しいのである。 金さえあれば、食器一揃え買ってしまいたいのだが、そんな無駄遣いは許されない。 ならばせめてその限定カップだけでも。 マニア心という、やましいところがあるので、ナミにも相談できないのだ。 彼女は美しいものを美しいと評価できる、素晴らしく違いの分かる女性だが、それ以上に合理的で倹約家である。 目が飛び出すほど高いカップは、きっといずれ高波やガキどもの粗雑さによって割られてしまう。 だから彼女に頼んでも、公費での購入は断られるに違いない。 そんな現実的なナミさんも素敵だーと思ってみるものの、サンジにとっての現実は、巾着の中の140ベリーである。何度数え直しても、増えるわけがなかった。 大きく溜息を吐き、巾着の紐を腕に巻いて、サンジはキッチンを出た。 なんとか金を工面するしかない。いや、せねばならない。 望みは薄いが、愛すべき仲間達に相談することにした。 「ササササササンジ。それはカツアゲって言うんだぞ、お前知ってるか!?」 「何だよそんなんじゃねェよいいから有り金見せてみろって言ってんだよ聞こえてんのかコラ」 「ブレスを!息継ぎをしろ!一息で言われると余計怖ェんだよ!」 「何怯えてんだよいいから財布出せよ日々お前らのために働き尽くめの俺様によもや貸す金がねェとは言わせねェぞ出せすぐ出せ有り金全部俺様に差し出せ」 「…っく…上陸したら新しいドライバー買おうと思ってたのに…」 まずは、長っ鼻から620ベリー。 結構金持ちだ。サンジに比べれば。 「なぁチョッパー。俺今すごく困ってるんだ…」 「何だ!?どうしたんだサンジ!俺でよければ相談に乗るぞ!」 「欲しいものがな、あるんだ…ガキの頃から憧れてた品物さぁ…捜し求めてようやく次の島にあるって分かったんだ。オールブルーは金じゃ買えねェが、ソレはちょっと金があれば手が届く俺のささやかな夢なのさ…」 「サンジ…」 「なのに俺にはそのはした金すらねェ有様さ…情けなェよな。こんな甲斐性なしじゃきっとオールブルーも俺を避けて通るに違いねェ…」 「サンジ!ダメだダメだそんなこと言っちゃ!夢は叶うぞ!サンジはいつもいつも一生懸命なんだから、欲しいものは絶対に手に入るぞ!そんな哀しい顔しちゃダメだ!」 同情涙目トナカイから、1050ベリー。 トナカイは結構ヘソクってやがった。 「なぁ」 「んー」 「なぁってばー」 「んんー」 「欲しいものがあるんだよぅ」 「んんんー」 「頼むよ船長。愛するコックのためだぜ?」 「んんんんー」 「今夜はお前のためだけに、取って置きの肉焼くからぁ」 「よし!」 ゴム船長から37ベリー。 甘えただけ無駄だった。 肉も無駄にした。 「オイ起きろクソマリモ」 「…朝か」 「昼だ。よく聞けアホ剣士よ。俺は今ちっとばかし金が必要だ」 「ナミに言え」 「レディにンなこと頼めるか。オイ、クソマリモ…オイ寝るな!」 「ぐー」 腹巻の中から18ベリー発見。 更に6000万ベリーの首を確保。 「60001865ベリー…足りねェ…足りるけど足りねェ」 キッチンに戻り、巾着の中の収穫を覗いてみても、サンジの肩は落ちたままだった。 甲板ではカツアゲ警報が発令されている。もう下手に動けない。 こうなったらアレだ。 電伝虫でバラティエに連絡して、オレオレ詐欺でも働くか。 いっそ本気であのマリモを海軍に引き渡すか。 しかしサンジが欲しいのは僅か10万ベリー程度のものだ。 余った5990万をどうしたらいいのか分からない。 それにあのカビ頭が傍にいないのはちょっと寂しいし。 貧乏って、本当に哀しい。 「サンジくーん、お茶ちょうだい」 女神降臨。 やはりナミに頼むしか手は残っていないのか。 しかしこうなったらもう恥とか甲斐性とか言っていられない。 彼女の奴隷になる覚悟はもうとっくに出来ている。ていうかして欲しい。 サンジは覚悟を決め、ナミに相談を持ちかけた。 「…お金?いいわよ。利子三倍で」 「あ…でも返せるアテがなくて…」 「何買うの」 「…ティーカップを…限定100セットの」 「ああ、私もカタログで見たわ。次の島に本店があるのよね」 ナミのその言葉に、サンジは目を輝かせた。脈ありだ。 「そ、そうなんだ!だからさ、俺…」 「でもアレ、もう売れ切れたって」 「へ?」 「情報遅いわね、サンジくんは。だから毎日新聞読めって言ってんでしょ」 ナミは呆れたように言い放ち、サンジの腕に巻きついた巾着を拝借した。 「何コレ!結構入ってるじゃないの!サンジくんたらいつの間に?ヘソクリしてたの?信じられないバカアホ甲斐性なしアンタのこと信じてた私がバカだったわこれからは食材買っても全部レシート持って来なさいよビタ一文ちょろまかせないように入念にチェックするからね大体アンタこの船の経済状況分かってんの浮かれたカップなんか買ってる場合じゃないのよ明日のご飯の心配しなきゃならないような貧乏さなのに何このヘソクリふざけんじゃないわよそもそもお金が欲しいならまずアンタその煙草やめなさいよ年間幾らかかってると思ってるわけルフィの胃袋並みに無駄遣いよ捨て金よ癌を金で買ってるようなものよ税金もかかるししかもこの間また値上げしたでしょろくでもないわよ百害あって一利なしバカは死ななきゃ直らないのね本当に無駄だったらありゃしないソレさえやめればカップくらい買えたでしょこのホモ眉毛」 「あ…の…」 「このお金は没収。反省しなさいヘソクリコック」 一息に言われると。 余計に怖い。 これからはカツアゲする時も少しブレスをしよう、とサンジは思った。 |
巾着を腕に巻くコックさんが書きたかった。
船長に甘えるコックさんが書きたかった。
ゾロサンです。ゾロを売れない辺りが。