最果てへ進路を取れ! 〜無料配布本「10年bazooka!!」より


ここにいるはずのないコックがゾロの腹を蹴飛ばし、心地良い眠りから引き摺り出した。
ここにいるはずのないコックは煙草を銜えて、ゾロのよく知っている声でよく知っている台詞を吐いた。

「起きろ、クソマリモ」

覚醒しきらぬ頭で、目の前の金髪を不審に思う。
それと言うのも。
この船のコックだったサンジが彼の夢を捕まえて、幸せそうにこの船を降りてしまったのは、もう一月も前の話。
彼との別れ際、ゾロは結局最後まで意地を張ってしまって、元気でな、と一言声を掛けることすらできなかった。
代わりに子供のような悪態を吐いてしまって、この一ヶ月の間、後悔と自己嫌悪の嵐だったのだ。
なのにどうして今、そのコックがこの船に当たり前のように存在しているのだろう。

「コック…?」
「とうとう仲間の顔も分からなくなりマシタかダイケンゴー」

硬い革靴の先でこめかみを突付かれ、不愉快さに眉を顰めた。
するとコックは肩を揺らして笑って、メシだぞと言いながら背中を向けてしまう。

――なぜ、ここに彼がいるのか。

そんな理性は吹き飛んで、ゾロはガバリと身を起し、キッチンへと歩き出したコックの腕を強く掴む。
もしかしたら自分はまだ目覚めてなくて、これは夢の続きかもしれないけれど。
今、ここに自分と共にあるコックを、逃してはならない、そう思った。
だって、ゾロは。
サンジに恋をしていたので。


そう、ゾロは恋をしている。
生まれて初めて感じる感情を、表面上は何とか取り繕ってはいたものの、一皮剥けばそれはもう、激しく恋をしていた。
しかも片想いだ。甘酸っぱすぎて自分でも恥ずかしい。
いつからだとか、きっかけとか、そんなことはもう、ゾロは覚えていない。つまり、覚えていないほど昔から、ゾロはサンジのことが好きでたまらなかった。
サンジが作る料理の味が、共に戦う時の高揚感が、キッチンに佇む静かな立ち姿が。
声が、顔が、その存在が。
サンジという男が、好きでたまらなかった。
けれどゾロとサンジは自他共に認める犬猿の中で、長年そんな関係でいるうちに、本人たちも周囲も、犬猿の仲であること自体を楽しむようになってしまって。
今更どのツラ下げて好きだなんて言えばいいのか、サッパリ分からなくなってしまった頃、そんなゾロの事情を知る由もないコックは能天気に夢を叶えて、ゾロが止める間もなく、あの奇跡の海に残ることを選んだのだった。

オールブルー。

コックの楽園だというその海で、ゾロとサンジは今生の別れをした。
他の仲間たちは、みんな口々に、必ずまた会おうぜなどと約束を交わしていたけれど、ゾロにはとてもじゃないが言えるセリフではなかった。何しろ犬猿の仲なのだ。
ゆえに、きっともう会うこともない。恐らく、一生。
それからというもの、ゾロは抜け殻のように、コックのいなくなった船の上で、毎日彼のことを考えた。女々しくて情けないと分かっていながら、考えずにはいられなかった。

もっと、話をすればよかった。食事に美味いと言ってやればよかった。再会の約束をすればよかった。
――好きだと、言えばよかった。

船の至るところに残る想い人の面影を追っては、ハタと我に返り、何やってんだ俺は、と呟くゾロの姿を、船員達は日々気持ち悪そうに見守っていた。
あの、アホで金髪で口の悪いコックの存在に、ゾロは飢えて。
コックの癖に人を飢えさすんじゃねェ、とひとり逆切れしてみたりもした。

その彼が、今、目の前に。
以前はごくごく当たり前だった日常が、なぜかゾロの知らない間に繰り返されている、のだ。

「んだよ、マリモさんは寝惚けてるんですかー」

腕を掴まれたコックは、別段抗いもせずにゾロの傍らへ戻ってきて、おーい起きろーなどと頬を抓ったりして。
間近で楽しそうに笑うコックの顔が、当たり前だった日常と少しばかり違うことに、ゾロは気付く。

コックは、こんな風に笑わなかった。
こんな、可愛い子供を見るような目をして、自分を見たりはしなかった。

「テメェ、誰だ」

頬を抓られたまま問えば、コックは抓りをさらにキツくして、煙草の煙を吹き掛ける。

「お前がよく知ってるはずのコックさんですが」
「俺の知ってるコックは、違う」
「じゃ、俺は誰だ?」

抓った頬を乱暴に離して、コックはゾロにデコピンを食らわせた。

「サンジくーん!ゾロまだ起きないのー!?」
「起きたよナミさーん!お待たせしてゴメンねー!」

キッチンの扉から航海士が顔を覗かせ、痺れを切らしたように呼びかけてくる。
その声は、確かによく知るナミのもの。けれど、ゾロは咄嗟に、彼女の姿形に違和感を覚えた。
何となく、髪が長いような気がする。何となくだけど。
着ている服も、いつもより地味な気がする。気がするだけだけど。

――あれは、誰だ?

「聞いたかクソマリモ。俺は正真正銘ナミさんお墨付きのサンジくんだ」

これは、誰だ?




混乱した頭のまま、コックに無理矢理連れてこられたキッチンは、見紛うことなきゴーイングメリー号のキッチンだった。
しかしその場にいるクルー達を見て、ゾロは軽い眩暈を覚える。

明らかに背が伸び、顔つきも精悍なウソップ。
髪が伸びて物腰にソツのなさが加わったナミ。
チョッパーは角が見るも立派に成長していて。
いつにも増して妖艶なロビンの黒髪はボブの長さ。
ルフィは真紅のマントに身を包み。
コックは、見たこともない穏やかな笑みでゾロを見て。

これは何だ。
新手のドッキリか。
それとも。

夢?

「いつまで固まってんだクソマリモ!ホレホレ、さっさとメシを食え!」
「いらねーんなら俺が食っちまうぞゾロ!」

クルーたちはどことなくニヤついた笑みを浮かべながら、それでも何ら日常と変わることなくゾロに接する。
しかし、どう考えてもオカシイ。見慣れた仲間たちとは絶対的にどこかが違う。
それでもグルリと見渡せば、オカシイのはもしかして自分なのではないかということにゾロは気付いた。だって。

(なんか、俺だけ妙に若くないか…?)

見かけもそうだけれども、何というか…曖昧な言い方をすれば、自分は彼らに比べて、オーラが足りない気がする。そのオーラに敢えて名前をつけるならば、「経験値」というものになるような。
幾多の修羅場を潜り抜けてきたような彼らのオーラに圧倒されて、ゾロはゴクリと唾を飲み下した。

「…ここは、どこだ?」
「なんだよゾロー!とうとう脳ミソまで迷子かよー!」

爆笑する一同。ウソップなんかに揶揄われているのに、そのウソップのオーラにすら圧倒されている自分がいる。何となく屈辱。

「テメェら、誰だ…アイツらをどこへやった!?」

元の自分の仲間たちを求めてみても、誰も何も教えてくれず、ただニヤニヤとゾロを見るのみ。

「クッソ…何だってんだ…!」

あんまりな状況に、ちょっぴり涙が込み上げる。本当に自分の脳ミソは迷子になってしまったのかもしれない。

「ギャハハハ泣くわよ!可愛いー!けどキモーい!」
「あら、揶揄ってはダメよ航海士さん。彼も真剣なんだから」
「新聞社にタレこみたいわー!大剣豪ナゾの号泣!」

ナミがテーブルをバンバンと叩いては、腹を抱えて大笑い。
いくら姿形が変わっても、この女との相性は最悪だ、とゾロは唇を噛み締めた。
どこをどう見ても、最早イジメられっ子以外の何者でもない。
しかし、そんな哀れなゾロの肩を優しく叩いたのは、

「いいから、メシ食えって」

微笑ましさを全開にした、コックだった。
目を細めてゾロを見て、唇を尖らせながらも席につく一部始終を、どこか愛しげに。
ゾロはそんな彼の慣れない視線に晒されながらも、目の前に置かれたサンジの料理に目を奪われる。
コックの料理だ。懐かしい、あのコックの。

「…いただきます」

そう箸を合わせれば、またしても周囲は大爆笑。カワイー!などと勝手に盛り上がっていたが、コックだけは、たまらなく嬉しげに、コクンと頷いてくれた。その笑顔がイジメられっ子には眩しすぎる。
こんがりと焼けた魚に頭からかぶりつけば、今度は本当に涙が出た。
この一ヶ月間、飢えに飢えたゾロが求めた、コックの味。
夢中で食べて、おかわりまでして、その様子を周囲はまだ笑いながら見ていたけれど、そんなことはもう気にならないほど、ゾロは夢中で食べた。
コックはそれを、幼子を慈しむ母親のような瞳でずっと見ていた。

「ゴチソウサマでした」

爆笑覚悟でゾロは言う。
これだけは、どんなに笑われようとも言わなければならない、と思った。

「う、美味かった」

微妙に目を泳がせながらの発言に、クルーたちは静まり返る。
そして次の瞬間。

「…アンタ、本当にゾロ?」

ナミの訝しげな視線と共に、チョッパーが慌しく聴診器など取り出して。

「ゾロってこんなに素直だったっけ?」

ウソップが心底驚いたようにゾロの顔を覗き込み。
そして、一番言葉を失っていたコックが、堪りかねたようにゾロの腕を引き、そのままゾロを連れてキッチンを飛び出した。

「あーあ、サンジくん我慢できなくなっちゃった!」

つまんないのー、と。
強引に引き摺られてキッチンを後にする際に、ナミのそんな言葉がゾロに届いた。




「オイ!痛ェ!離せテメェ!!」

辿り着いたのは、見慣れた男部屋。ソファもハンモックもいつも通りに部屋に収まっていたが、それらはいつもより数段古びて見えた。
コックはゾロの腕を離すと、鬼気迫るような顔つきで振り返り、ゾロを驚かせる。

「…ンだよ」
「いくつだ」
「ハァ?」
「トシ!テメェいくつのマリモだって聞いてんだ!」

意味不明の問いかけに、ゾロは眉を顰めつつも律儀に答える。

「…十九」
「マジかよ!」

恋焦がれた青い瞳がゾロを覗き込み、ゾロは生唾。
しかし生唾を飲み込んだのは、コックも同じだった。

「スゲェ…あれ、マジモンだったのかよ…」

そんな独り言を呟いて、そしてコックは唐突に吹き出す。

「クックック、じゃあ、今頃あの野郎はアッチってことか」

全く解せないゾロを置いてきぼりにして、コックは勝手に笑い、勝手に納得。

「なァ、若きロロノア・ゾロ。テメェの船は、今どんな状況だ?」
「アア?」
「未だ誰も夢を叶えず?全員で元気にクルージングしてんのかい?」
「…何言ってんだ。テメェだけ、夢、叶えたクセに…」

絶賛片思い中の自分を置いて、とっとと船を下りたくせに。

詰るつもりはないが、つい咎めるような口調になってしまう。
ひどく拗ねたような、甘えたような、恥ずかしい口調。
ゾロは目の前の「コックらしき人間」に対して、どうも強く出られない自分を自覚する。
それはきっと、このコックの包み込むような視線のせいだ。

「…そっか、その頃か」

またしてもコックは何事か納得したようで、少し考え込んでから、ごく自然に、ゾロの頭を撫でた。イイコ、イイコと。

「あの野郎が今も、これっくらい可愛げがありゃあなァ」

撫でた手はそのままゾロの頬を包み、肩に触れ、胸板を叩いて、そして。

「言うほどマッチョじゃなかったんだな、テメェって」

今に比べれば、とコックは少し嬉しそうに笑んだ。
コックのそんな言動に、ゾロは薄々、事情を飲み込み始める。

「…ここは、どこだ」
「お察しの通りさ、十九歳のロロノア・ゾロ」

何でもアリのグランドライン。自分はまたしても、可笑しなことに巻き込まれたらしい。

「ウソップってな、今のテメェにゃ想像もつかねェかもしんねェが、アイツ今じゃちょっとした有名人でよ」

コックはゾロの背中を押してソファに落ち着かせると、自分もその隣に腰を下ろして、ゆっくりと語り出した。ゾロが思わずギョッとするほど、その距離は近い。

「って言っても、勇敢な海の戦士としちゃァまだまだだが…発明の方な、アッチは、今じゃちょっとしたモンでさ」
「はぁ」
「大抵は愚にもつかねェしょうもねェガラクタなんだけど、極々たまに、あり得ねェモンまで作り出す」

その話は、ゾロにも納得できた。ゾロの知るウソップですら、クリマタクトなどという、全く原理の理解できないシロモノを作り出しているのだから。

「ヤツの最新作は、『十年バズーカ』。たった今、初めての人体実験がなされたトコさ」

そこまで聞けば、いくら鈍いゾロでも、ハハーンと思わずにはいられなかった。
つまり、その人体実験の餌食こそが。

「ま、テメェでな」

やっぱり。

「あ、でも無理矢理じゃねェぞ!テメェが自分で志願したんだからな」
「マジかよ!」
「人間ってなァ、月日によって変わるもんだぜ、ゾロ」

コックはクスクスと笑い、ゾロの肩に肘を乗せた。顔の距離が近すぎる。

「十年バズーカは、撃たれた人間が一時間だけ、十年前の自分と入れ替わるって寸法らしい。ってことは?」
「…ここは…十年後、か…?」
「ご名答」

褒美のつもりか、コックがゾロの頬にプチュッと。
その信じられない感触に、ゾロは息が止まった。

「テメェ、今寂しい盛りだよな?何しろ愛しい俺様が、テメェの淡ーい恋心も知らずに、船を下りちまった後だ」

フッと耳に息を吹きかけられ、ゾロは喉の奥からヒッとおかしな音を発した。完全に手玉に取られている感バツグンだ。

「けど、安心しな。十年後にゃ、こういうことになってる」

カチカチに固まった体を何とか動かしてコックを見れば、呼吸がかかるほど近くに彼の顔があった。
心臓が口から飛び出しそうなほど跳ねる。

ここは、十年後…?
この船にはあの船長と、航海士と。狙撃手、船医、考古学者。そして、自分と、コック。
全員が、以前と変わらぬ陽気さで、以前と変わらぬバカバカしい日常を送っている、ということ。

それが本当なら、どんなに――

「テメェの未来に何が起こるかは、教えねェよ。そりゃお楽しみだからな。けど、結果的にこの船はこうなってて…俺たちは、こうなってたりするんだな」

コックの顔が更に近付く。近付きすぎて、これ以上近寄れないところまでくれば、触れてしまうのが道理。
ゾロは目を見開いたまま、全身が粟立つような唇の感触に身を震わせた。
唇を舐められ、吸われ。同じく唇を光らせたコックが切なげに息を漏らし、直接ゾロの中へ呟くように。

「可愛いなァ、ゾロ。可愛くてたまんねェ。早く俺に会って、スキだってブチまけちまいな。俺ァそれだけでイチコロなんだから、さ」

言葉は切れ切れになり、唇は更に深く繋がって。
非現実的な感触を前に、ゾロは完全に降伏した。




「お、ちょ、やめろって!」

めくるめくキスの後、コックの手が撫で回す場所を庇いながら、ゾロは情けなくも後ずさる。

「そ、そんなことにまでなってんのか俺たちは!?」
「さぁなぁ、テメェの甲斐性次第じゃねェ?」

などとうそぶきつつ、コックは執拗にゾロの股間を追って手を伸ばす。

「お、俺は別に、テメェとヤりてェとか、そういうんじゃ…!」
「嘘つけ」

ゾロの真摯で純粋な片想いは、オトナのテクニックを前にガラガラと音を立てて崩壊していく。

「俺は一度でいいから、可愛いテメェを好きに可愛がってやりたかったんだ」
「…んじゃ、いつもは好きに可愛がられてるワケか」
「……」

途端にコックは嫌そうな顔になり、

「何でコレがアレになっちまうのか理解できねェ…」

そう吐き捨てて、強引にゾロをソファに押し倒すと、すっかり臨戦態勢の股間を指先でピンと弾いた。
その、不満げながらもほんの少しだけ頬を染めたコックの様子に、ゾロは内心、ナイス未来の俺!などと気を良くする。
しかし気を良くしたのも束の間、ゾロのズボンはアッと思う間もなく下着と共に引き摺り下ろされ、このところ自慰すら疎かにしていたムスコが、ついに出番ですかと張り切って飛び出してしまった。

「オオ!チンコだけは昔っから凶悪だな!」

感心したようにコックは凝視し、いやらしく唇を舐めて、ソレを自らの唇へ迎え入れようとする。
ゾロは欲望に負けて、興奮のせいで荒くなった呼吸を喘がせ、彼の唇に包まれるのを待った。
――けれども。
その瞬間、思い出してしまう。

犬猿の仲だった、コックと自分。
数え切れないくらいのケンカをして、中には互いに楽しんだケンカもあったし、決定的に亀裂が入るような本気のケンカもあった。
共通の敵がいれば、無条件に背中を合わせて戦い、同じ旗の下、紛れもなく仲間だった自分たち。
ゾロが恋をしたのは、女好きでアホっぽくて、料理が好きで世話好きで、ゾロのことなんかピラミッドの最下辺にしか思っていなかった、あのコック。

アイツと、一から始めたい。
こんな、いきなりクライマックスみたいなモノじゃなく、一から関係を築き直したい。
だから。

「…やっぱ、ダメだ。お前はアイツじゃねェ」

期待にはち切れんばかりに膨張した股間から、コックの頭を押し返す。
こんなこと。どうせするなら、自分が知ってるアイツがいい。
ゾロは真剣に、そう思った。たとえ目の前のコックが、本物の未来のコックだとしても、今の自分の相手はコイツじゃないし、コイツの相手も自分ではない、と。

頑なに押し返すゾロに、コックは目を丸くし、そして少しだけ残念そうに眉を寄せ。

「…ヘェ」

そう、微笑んだ。
その隙にゾロはパンパンの股間を無理矢理ズボンに押し込めて、冷静になるよう努めて息を整える。
その様子を、コックは例の微笑ましさ全開な瞳で見ていて。
反則的な上目使いで、ゾロの顔を覗き込んだ。

「そんなに、俺が好きか?ゾロ」
「テメェじゃねェよ」
「そんなに、十年前の俺が好きか?オールブルーで幸せに料理に打ち込む俺を、攫っちまいたいほど?」
「…ああ!」

するとコックは声を上げて笑いながら、ゾロの頭を再度、撫でた。優しく、愛しむように。

「あの野郎が、どうして自分から実験台になったのか分かった。俺にテメェを…見せたかったのか、な」
「何だそれ」
「テメェ見てて、思い出した。何か、青臭くてキュンとなるような感じ…。あの野郎が帰ってきやがったら、盛大に抱き締めちまいそうだ、俺ァ」

自分ではない誰かに想いを馳せるコックを、ゾロもまた、愛しいと感じた。

「会えてよかったよ、若きロロノア・ゾロ」
「…ああ、俺も」
「タイムリミットだ」

コックは男部屋の壁時計を指差し、最後にもう一度だけ、ゾロの唇を軽く奪った。

「いい男になんな」
「なってんだろ?」

そう微笑みを交わして。
それきり、ゾロはプッツリと意識をなくした。




「オイ見てみろよ!ゾロの奴寝ながらチンコ勃ってんぞ!」

耳元でルフィの場をわきまえないデカイ声が響き、ゾロの眠りは再び遮られた。
どうせ起こされるなら、やはりコックの罵声と蹴りが良いと思ってしまうのは、あまりにもマゾだろうか。
そんなことを夢うつつの中でツラツラと考え、そして唐突に覚醒して、ゾロはガバッと身を起す。

「お、起きた」

目の前には、マヌケな船長の顔。幼くてヒョロヒョロとした、少年の。

「コ…コックは!?」
「ハァ〜?なに寝惚けてんだゾロ?サンジならこの間、船下りたじゃねェかよー」
「あらゾロ、起きたの?」
「ゾロはよく寝るなー!」

いつもの仲間の、いつもの顔。

――夢オチ?

しかし仲間たちの顔は、何故だか妙な具合に笑いを堪えていて。
ルフィが漏らした一言に、ゾロは確信する。

「こーして見ると、ゾロも今はまだまだコドモだなァ!」

きっと、つい先程まで。十年後のサンジ曰く『あの野郎』が、ここにいたに違いない、と。
あれは夢なんかじゃなく、夢よりもバカげた現実だ、と。
ゾロは確信を胸に、ルフィに詰め寄った。

「ルフィ!船の針路変えてくれ!」

唐突なその言葉に、優秀な航海士は憤って、

「何言ってんのアンタ!もうすぐ次の島に着くのよ!?」

と怒鳴ったけれども。
ルフィは笑って頷いた。いつもの、軽い調子で。

「サンジのメシが食いてェから、オールブルーに進路変更!船長命令だ!」

誰にも逆らうことのできない船長命令に、船は急遽百八十度旋回する。

目的地は、奇跡の海・オールブルー。


そこへ俺たちの料理人を、攫いに行こう。
その航路はきっと、あの未来へと繋がっているはずだから。



オンリーの無料配布本より。
原題は「10年bazooka!」でした。

…リボーンをご存知じゃないと、よく分かりませんよね…
いや、ご存知でもよく分かりませんよね…
ホントスミマセン…