愛という名のもとに |
今日が何の日か知ってるかい? 俺にとっちゃあ何よりも大切な日さ。 俺がこの世に生まれた日?いや、違うんだ。 俺がコックになった日?それでもねェ。 ジジイに初めて会った日?アレはある意味最悪の日だしな。 バラティエが開店した日?ああ…そりゃ、今の俺にとっちゃ二番目に大切な日だ。 今日は一番の日なのさ。 ホラ、みんなもソワソワしてる。 なんだかんだ言ってても、きっとみんな今日という日を覚えててくれてて、一緒に祝ってくれるに違いねェのさ。 ナミさんはさっきから、ロビンちゃんとコソコソ密談中。 きっと華々しくお祝いしてくれるつもりなんだ。 ああ、愛しきレディ、僕は君達の笑顔さえ見られれば充分なのに。 ウソップは昨日から工場で何やら創作中だ。 もしかして、俺が欲しがってたテフロン加工のフライパンでも作ってるのかも。 参ったな。俺手作りとか、そういうのに弱ェんだよ。 うっかり泣いたりしねェよう、心の準備しとかなきゃ。 チョッパーはゴリゴリ薬を調合してる。 この間肩凝りがひどいと言っておいたから、その薬かも。 ありがとよ、チョッパー。俺は薬なんざ好きじゃねェが、お前の薬は特別さ。 よく効くし、身体にも優しい。それに何より、お前の真剣な思いやりが混ざってるからな。 お前のその気持ちだけで、俺の肩は軽くなれるよ。 そしてクソマリモ。 テメェは朝から寝っぱなしだが、俺は知ってる。 昨夜遅くまで、何か紙に書いてたろう? アレは察するに、お手伝い券とか、そういう磯野カツオ系だろ? 分かってる。分かってるよクソマリモ。 寝てるのは照れ隠しで、その腹巻の中でスタンバってるその紙を、いつ出そうかと悩んでるんだろ? きっとそれは10枚綴りで、ミシン目なんかがご丁寧に付けられてて。 大丈夫さクソマリモ。 テメェからそんなモノ貰ったからって、俺はテメェを馬鹿にしたりしねェよ。 むしろ何より嬉しいプレゼントさ。 不器用なお前が、俺を想って一生懸命作ってくれたんだ。 金も甲斐性もねェお前だけど、そんな純粋で優しいところ、結構気に入ってるんだぜ? 極めつけはルフィだ。 あの食欲が頭の9.9割を占めている船長が、今日に限って俺に食料を強請ってこない。 きっと俺を気遣って、少しでも休ませてやろうとしてくれてんだ。 ああ、ルフィ。 そのひたむきな努力、無駄にはしないぜ。 今日は飛び切りのお祝いディナーを目一杯作るから。 それを美味そうに食ってくれるお前の姿が、一番の贈り物さ。 だからもう少しだけ、待っててくれ、な。 俺はなんて幸せ者だろう。 愛するみんなに、たくさんの愛情を貰ってる。 この船に乗って、本当に良かった。 仲間になれたこと、この船のコックになれたこと、俺は心から誇りに思う。 愛してるよ。 愛しきレディ、そしてクソ野郎ども。 「サンジー、そろそろ準備できたか?」 顔を覗かせたウソップに、俺は満面の笑みで応えてやるのさ。 「オウ、みんな呼んで来い。今日はスペシャルディナーだぜ」 「そりゃ楽しみだ!」 「ああ、なんせ今日は特別な日だからな」 「…ああ、そうだな、特別な日だ」 微笑むウソップは、本当に本当に優しい顔をしていて、なんだかひどく感動してしまった。 早く呼んで来いと追い出しつつも、俺の目に涙が浮かんでたこと、内緒にしてくれよな。 「メシだー!」 「まぁ、とっても豪華ね」 「すごいなサンジ。美味そうだ!」 「キノコもねェし、ホント、美味そうだな」 「サンジくん、お疲れ様」 みんなの笑顔が眩しくて、俺はもう目が眩みそうさ。 愛してる。愛してるよ、大好きさ。 「俺、クソ剣士を呼んでくるから。少し待ってて」 あの野郎、まだ照れてやがんのか。 しょうがねェな、アイツは。 きっとみんなの前じゃお手伝い券、渡せねェんだろ? 起こしに行ってやるから、な。 その先どうしたらいいのかなんて、さすがのお前でも分かるだろ? 「起きろ、クソマリモ」 蹴りをくれてやるのも、愛情の内さ。 俺にも少しくらい照れさせろ。 「う…朝か」 「夜だ!晩飯、出来てんぞ!」 「…オウ」 渋々起き上がったマリモちゃんは、のっそり立ち上がって、キッチンへ向かう。 何だよオイ、折角二人きりになってやったのに、まだプレゼントを腹巻の中で温めるつもりか? いや、野暮な催促はしねェよ。 もっと夜が更けてから、二人で酒でも呑もう、な。 俺は照れマリモの後ろに付いて歩きながら、愛を込めてそう思った。 「あ、ゾロが来たぞ!」 「遅いわよアンタ!」 「今日が何の日か、忘れたわけじゃねぇだろ!?」 「…ああ、覚えてる」 そう言うと、マリモは腹巻の中をゴソゴソ探り出した。 オイオイ、みんなの前でかよ! なんだよ恥ずかしいじゃねェかよ。 けどまぁ…嬉しいぜ、ゾロ。 「…今日という日に、コイツをしたためてみた」 取り出したるは、目にも眩しい長半紙。 雄雄しい達筆で一言。 無敗 「イヨ!未来の大剣豪!」 「お習字、とても上手なのね」 「スゲー!カッコいいぞ、ゾロ!」 「ま、精々頑張りなさいな」 「よーし、みんな揃ったことだし…ゾロのために、乾杯だー!!」 へ? 俺を無視して繰り広げられる宴会に。 置いて行きぼりの俺は、キッチンの入口に立ち尽くしたまま。 「よーサンジ!俺様はお前を見直したぜ!日頃仲が悪いように見えても、やっぱ仲間なんだな!ゾロが、大剣豪になるとルフィに誓った、大切な日だ!お前ちゃんと覚えてたんだな!」 チョッパーが、剣士に応急用の傷薬を渡してる。 ウソップが、剣士に刀の手入れセットを渡してる。 ナミさんとロビンちゃんが、剣士の両頬にキスしてる。 ルフィが、ご馳走のために節制してたと皿ごと食ってる。 「サンジ?何泣いてんだ」 今日は俺が、初めてGM号に会った日。 ルフィに出会い、ゾロと出会い、ウソップに出会い、そして、ナミさんに恋に落ちた日。 ナミさんは、あの時大変だった。 クソ剣士は、大怪我してた。 ウソップは、その介抱をしてた。 ルフィは、覚えてるわけがなかった。 ロビンちゃんとチョッパーは、いなかった。 おめでとう、俺。 みんなに出会えて、本当に良かったね。 おめでとう俺。 おめでたい俺。 泣き出した俺のデコに、クソマリモは例の半紙を貼り付けて、笑った。 「もう負けたりしねェよ、心配すんな」 その声があまりにも優しくて。 俺は半紙を涙でグチャグチャにし、思い切り鼻をかんで、海に蹴り飛ばしてやった。 |
カワイソー